彼女の3ヶ月
彼女は眠っている。
呼吸は穏やかで、胸がゆっくり上下している。
腕の中に収まった身体は、三ヶ月前よりも――少しだけ、軽い。
(痩せた)
それが最初に浮かんだ感想だった。
森。
変成科。
俺の知らない三ヶ月。
俺は、その時間に触れられない。
話を聞くことはできる。
笑顔を見ることもできる。
でも――
触れられない時間だけが、確実に残っている。
最初は、唇だった。
眠る前、確かめるみたいに。
返事を求めない、奪わない、ただ触れるだけの口付け。
次に、首元。
脈のある場所。
彼女が生きている証を、舌でなぞる場所。
今回は――頬だった。
理由は、簡単だ。
彼女が笑うから。
あの男に向けて、笑ったのと、同じ頬。
だから、そこに触れた。
眠っているセナの頬は、柔らかい。
熱が、残っている。
街の空気。
屋台の匂い。
知らない時間。
身体を、さらに寄せる。
前から、密着していた。
腕を回して、逃げないように囲っていた。
それでも――足りない。
身体が、邪魔だ。
骨も、皮膚も、呼吸も。
全部すり抜けて、魂で密着できたらいいのに、と本気で思う。
シャワーの音を、思い出す。
あの男が触れたであろう場所。
彼女が、何も考えずに洗い流した場所。
――洗われた。
なら、上書きすればいい。
髪。
指先で、ゆっくり梳く。
耳の輪郭。
縁をなぞるように、丁寧に。
「……」
無意識に、呼吸が深くなる。
彼女の香りを、吸う。
肩に額を乗せて、逃がさないように。
熱が、上がる。
反射的だった。
一度だけ。
ほんの一度だけ、腰が前に動いた。
柔らかさに触れて、
喉から、息が漏れる。
「……ふっ」
自分でも、音に驚く。
すぐに、抱き直した。
力は入れない。
壊さない。
ただ、包む。
優しく、何度も。
彼女は、眠ったまま。
何も知らない。
だから――
囁く。
誰にも聞かせない声で。
「……俺はセナの嫁。」
懇願じゃない。
確認でもない。
事実を、固定する言葉だ。
あの男には、できない。
この距離で、
この熱で、
この夜を、持つことは。
それでいい。
優越感は、必要だ。
じゃないと、壊れてしまう。
彼女の3ヶ月。
知らない時間。
知らない隣。
全部、ここに戻していく。
眠る彼女を抱いたまま、
ラウルは目を閉じた。




