空気が薄い
おかしいな。
楽しかったはずなのに。
笑って、食べて、歩いて。
いつもの延長みたいな一日だったのに。
――なんだか、息が詰まる。
胸の奥に、薄い膜が張ったみたいで、深く吸えない。
寮までの道を、A班みんなで戻ってきた。
石畳を踏む音が重なって、夕方の風がローブの裾を揺らす。
「楽しかった!」
弾んだ声が前から聞こえて、自然と頷いた。
隣では、短く肯定する仕草。
それに安心したみたいに、また笑い声が増える。
「また行こう」
横から、まっすぐな声。
視線が合って、思わず笑ってしまった。
「また来週ね」
軽く返したつもりだった。
いつもの約束の言い方で。
深い意味なんて、なかった。
どやどやと寮へ入って、
それぞれの廊下へ散っていく。
「おやすみ」
振り返って手を振る。
「おやすみ!」
声を張って返すと、相手も笑って手を振った。
――そこで、一区切りのはずだった。
なのに。
自室の前。
扉の影に、人影があった。
「……ラウル?」
名前を呼ぶと、ゆっくりと顔が上がる。
「よかった。戻ってきた」
低い声。
安心と、別の何かが混じった響き。
街で感じた“薄さ”が、ここで一気に濃くなった。
(あ……)
顔色が悪い。
「どうしたの? 大丈夫?」
返事はない。
ただ、視線が私をなぞる。
とりあえず、鍵を開けた。
「中、入ろ?」
扉を押して、先に部屋へ入る。
後ろを振り向くと――
ラウルは、廊下に立ったままだった。
「……ラウル?」
間があって、低く。
「入る」
一歩、踏み出す。
「シャワー、先にする?」
何気なく聞いた言葉に、
一瞬、空気が止まった。
「……使っていいの?」
妙に慎重な声。
「あっ、そうだ。ラウルの着替え……」
思い至って、手を打つ。
「大丈夫! 私の変成魔術が唸るよ!
脱いだら渡して」
冗談めかして言ったのに。
ラウルは、動かなかった。
視線が、私の顔から、喉元、肩、指先へと落ちていく。
「……それは」
喉が鳴る音。
「助かる」
短い返事。
でも、どこか重い。
扉が閉まる音がして、
外の気配が完全に遮断された。
その瞬間、
胸の奥の膜が、少しだけ――きしんだ。
(……なんだろ)
楽しかった一日の終わりなのに。
帰ってきただけなのに。
この部屋の空気が、
やけに、薄い。




