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不運死する幼馴染を救ったら懐かれた  作者: ChaCha


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A班とお出掛けと幼馴染

翌朝。

寮の前の空気は、野外の森とは違って軽い。

石畳が乾いていて、朝露がきらきらして、

遠くの鐘が「今日は休め」と言っているみたいだった。


私は胸の奥で、こっそり拳を握る。


(街だ……!)

(久しぶりの“街”だ……!)


変成科村で“生活”を回していた三ヶ月。

あれはあれで、楽しくて濃くて、満ちていた。

でも、学園の休日に街へ出るって響きは、どうしても心が弾む。


寮の門扉の影。

すでに、待っている人がいた。


淡い金髪。

翠の瞳。

無駄のない立ち姿に、静かな圧。


ラウル。


昨夜、私の部屋で。

枕に顔を埋めて、腕を広げて。

久しぶりの心音を聞かせてくれた幼馴染は――


今朝は、妙に整って見えた。


整っているのに、どこか削れている。

磨かれた刃のような、不穏な光。


「……おはよう、セナ」


低い声が、耳の奥に落ちる。

呼ばれた名前が、丁寧に扱われる感覚だけで、私は少しだけ安堵した。


「おはよう。待っててくれたの?」


「一度、顔を見ておきたかった」


言い方が、やけに落ち着いている。

落ち着いているのに、余白がない。

まるで「確認」みたいで、私は小さく笑って誤魔化した。


「すぐ戻るよ。今日はA班と――」


言いかけた瞬間。


足音が、軽く重なって。

明るい声が、朝を蹴って飛び込んできた。


「セナ、おはよう!」


振り向くより早く、視界の端に茶色が滑り込む。

長身で、屈託のない笑顔。

焦げ茶の瞳がまっすぐで、眩しい。


レック・レス。


野外で、囮になって走った相棒。

今はもう、呼吸が合うくらい近い仲間。


「おはよう、レック」


返した声が、いつもより柔らかくなった気がした。


レックが、自然に私の横に並ぶ。

肩が触れるほどじゃない。

でも、距離が“迷いなく決まる”感じ。


――その瞬間。


隣の空気が、沈んだ。


ラウルの沈み方は、分かりやすい。

声を荒げるわけじゃない。

顔色を変えるわけでもない。


ただ、温度が消える。


湯気が引くみたいに、周りの朝が急に冷える。


(……あれ?)


私が首を傾げるより先に、レックの視線がラウルを捉えた。

笑顔はそのまま。

でも、瞳が一瞬だけ“測る”色になる。


野外で身についた、生存の目。


「……そっちの人は?」


私は、ぱっと笑って言った。


「私の幼馴染。ラウル。八十年ずっと一緒なの」


言ってから、少しだけ胸がざわつく。


(八十年)

(“ずっと”)


言葉にすると重い。

でも、事実だ。


レックが、にかっと歯を見せる。


「レックだ。よろしく。……セナとペアを組んでる」


――ぴたり。


世界が、一拍遅れた。


ラウルの目が、動かない。

翠の瞳が、瞬きもせず、まっすぐ私の横の“単語”を刺している。


(ペア?)


私の頭が追いつく前に、後ろから声が割り込んだ。


「よし!じゃあダブルデートへレッツゴー!」


シアン・カーネの、元気な宣言。

その隣で、低い影が小さく頷いた。


ファルケ・アリョール。

無口で、判断が早くて、声が低い。


「……滑るぞ」


それだけ言って、シアンの腰を軽く支える。

“当たり前”みたいに。

シアンは照れたように笑って、指を絡める。


(……ああ、そうだ)

(この二人、もう完全に)


野外で始まった交際が、帰ってきても続いてる。

その自然さが、今日はやけに明るい。


明るいのに。


私の隣の影だけ、明るさに追いついていない。


ラウルは――

今、何を見てる?


私は、咳払いみたいに息を吐いて、場を繋ぐ。


「じゃあ、行こっか」


レックが当たり前のように歩き出す。

私も、その隣へ足を出す。


そして、いつもの癖で。


「じゃあ、またねラウル」


振り返って、軽く手を振った。

森の三ヶ月前なら、私はこう言わなかった。

すぐそばにいて、当然だったから。


だから今の「またね」は、

私なりの“ちゃんと見てるよ”のつもりだった。


……でも。


ラウルは、動かなかった。


足が、地面に縫い付けられたみたいに。


一歩も。

半歩も。


ただ、私を見ている。


見ているのに、私の背後――

レックの横にある“距離”を、見ている。


(……?)


胸の奥に、小さな不安が生まれる。

でも、休日の街がそれを押し流した。


私たちは、笑いながら門を出る。

風が吹いて、髪が揺れて、

レックが私の耳の横の髪を、さっと避ける。


「邪魔だろ。ほら」


動作が自然すぎて、私は「ありがとう」とだけ返した。


(相棒だ)

(相棒の気遣いだ)


そう思った瞬間。


背中が、ひやりとした。


何かに見られている気配。

森で覚えた、嫌な感覚。


振り向くと、

寮の門の影に、ラウルがいた。


立っている。


さっきまで動かなかった足が、

今はゆっくりと、こちらへ向き直っている。


表情は、穏やかだ。


穏やかなのに。


目だけが、濃い。


(……来る?)


私が口を開くより早く、

シアンが楽しそうに手を叩いた。


「ねえねえ!新しい焼き菓子の屋台、できたらしいよ!」

「行く行く!」

「ファルケも行くでしょ?」

「……行く」


わちゃわちゃと列が動く。

人の流れに押されて、私の視線は前へ戻った。


街は賑やかで、

陽射しは柔らかくて、

香りは甘くて。


まるで、全部が祝福みたいだった。


――なのに。


私の背中の奥で、

何かが、静かに崩れていく音がした。


それは、振り返れば聞こえるのに。

振り返らなければ、聞こえないくらい小さくて。


でも確かに。

残酷なくらい、はっきりと。


そして私は知らない。


この明るい休日の一歩目が、

ラウルの中の“糸”を一本ずつ切っていることを。



少し離れた通り。


人混みに紛れて、歩調を合わせる影が一つ。


ラウルは、息を乱さない。

足音も立てない。

視線だけを、必要な場所に置く。


セナ。


セナの隣。


茶色い髪の男。

焦げ茶の目。

笑っている。


さっき、言った。


――ペアを組んでる。


(ペア)


言葉が、喉の奥で転がる。


セナは否定しなかった。

笑って、歩き出した。


(……そうか)


胸が痛いわけじゃない。

怒りで熱くなるわけでもない。


ただ、世界が平らになる。


色が落ちる。


音が遠くなる。


セナは、俺を見て「またね」と言った。

それは、別れの言葉だ。


一緒にいるのが当たり前だったのに。

“またね”の距離に、置かれた。


セナの髪を、あの男が触った。


セナは、当たり前のように受け入れた。


(……俺は)


俺は嫁だと言った。

セナは頷いた。


それなのに。


俺の夫は、笑って他の男の隣を歩く。


(……そういうことか)


理解した瞬間、足が軽くなった。


追うのは、苦じゃない。

見失うわけがない。


セナの名前は、俺の中に刻まれている。


だから。


今日は、ただ確認する。


セナが、どこまで俺を置いていくのか。


――その現実だけを。


気づかれない距離で、影は静かに尾を引いた。


明るい街の、人の笑い声の中で。


誰にも祝福されない決心が、

ひっそりと形を持ち始めていた。



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