学園帰還
学園の門をくぐった瞬間、胸の奥で何かが静かに鳴った。
森の匂いが、ふっと途切れる。
土と木と火の生活が、ここで終わったのだと、身体の方が先に理解した。
敷石はきれいで、建物は整っていて、鐘の音は規則正しい。
野外訓練前と、何も変わっていないはずなのに――
どこか、軽い。
軽すぎて、足裏が落ち着かない。
「……戻ってきたね」
そう口にした自分の声が、少しだけ遠く聞こえた。
隣では、背負い袋を下ろしながら、ふっと笑う気配。
肩の力が抜けた笑い方で、周囲を見回している。
「学園、こんなに静かだったっけ」
別のところから、少し照れたような声。
視線を合わせて、何でもない顔で頷く背中。
自然に、四人で並んで歩いている。
――ああ。
この並びだ。
森で三ヶ月、嫌というほど染みついた配置。
歩幅、立ち位置、誰が先に動くか。
考えなくても、身体が知っている。
変成科の寮棟へ向かう道すがら、何度も視線が逸れた。
無意識に、もう一つの影を探してしまう。
……いない。
わかっている。
最初から、ここに一緒にいるはずがない。
それでも。
「あ、これ……前より軽い」
誰かがそう言って、荷物を持ち直す。
すぐに別の誰かが、さっと手を出す。
「じゃあ半分持つ」
「え、悪い」
「いいって」
――このやり取り。
森では、当たり前だった。
誰かが困る前に、誰かが動く。
声を荒げる必要も、遠慮もない。
学園の通路を歩きながら、私は気づいてしまった。
この“当たり前”が、ここでは少しだけ浮いている。
すれ違う他科の生徒たちが、ちら、とこちらを見る。
視線の理由は、だいたいわかる。
距離が近い。
動きが揃っている。
話さなくても、通じている。
――まるで。
「……」
言葉にする前に、首を振った。
違う。
これは恋愛じゃない。
生きるために、組んだだけ。
「族長、寮戻ったら最初なにする?」
軽い声。
冗談みたいな呼び方。
それでも、その一言で全員の動きが一瞬止まる。
「……まず、風呂」
即答すると、くすっと笑いが起きた。
「わかる」
「土の匂い、まだ取れない」
「洗っても洗っても」
笑いながら、でも歩調は自然に揃う。
――ズレてる。
学園の日常と、私たちの感覚が。
寮の扉を開ける。
整った部屋。
乾いた空気。
並んだベッド。
森の拠点に比べれば、ずっと快適だ。
なのに、胸の奥がひどく静まり返る。
「……静かだね」
誰かが言った。
返事が、すぐに出なかった。
静か、というより。
足りない。
音じゃない。
匂いでもない。
気配だ。
「……あ」
ふと、気づく。
この部屋に、
この並びに、
この生活に。
ラウルが、いない。
最初から別だった。
わかっていた。
でも、森では“離れている感覚”が薄かった。
今は、はっきりとある。
「あのさ」
声を上げかけて、やめた。
今ここで言う言葉じゃない。
代わりに、背負い袋を下ろす。
「よし。片付けよう」
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
動き出すと、他の三人も迷わず動く。
役割分担。
手際。
阿吽。
――戻った。
族長、と呼ばれた立ち位置に。
それが、自然すぎて。
少しだけ、胸が痛んだ。
「ねえ、夕飯どうする?」
「学園食堂、久しぶりだね」
「行こっか」
頷き合って、部屋を出る。
廊下に出た瞬間、また視線が逸れた。
反対側。
魔術科の動線。
……いない。
当然だ。
でも。
「……ラウル」
小さく名前を呼んでしまって、苦笑した。
いないのに。
聞こえるはずもないのに。
歩き出す。
A班の並びで。
いつも通りの距離で。
学園に戻ってきたのに、
私たちはもう、少しだけ――
元の場所には戻れなくなっていた。




