帰る場所
「ただいま!」
玄関の扉を開けた瞬間、
懐かしい匂いが、ふわっと鼻をくすぐった。
木と石と、陽だまりの匂い。
百年赤子をやっていた頃から、
何一つ変わっていない。
……いや、違う。
変わったのは、私だ。
「お邪魔します」
ラウルが、少し緊張した声で言う。
そうだよね。
彼にとっても、ここは“帰る場所”だ。
その瞬間。
「――セナ!?」
奥から、母の声がした。
次の瞬間、
ものすごい勢いで足音が迫ってくる。
「セナ!?
セナなの!?」
現れた母・マリンは、
一歩、二歩、近づいたところで――止まった。
目を見開いたまま、
口を開けたまま、
完全にフリーズ。
「……え?」
その隣に、父・エリオスも並ぶ。
「……え?」
夫婦で、同じ反応。
数秒。
沈黙。
それから。
「――――――!!!!」
マリンが、叫んだ。
「セナぁぁぁぁ!!!!」
抱き締められた。
ものすごい力で。
「ちょ、ちょっと待って!?
息! 息できな……!」
言い終わる前に、
頬に、額に、髪に、
雨のようにキスが降ってくる。
「大きくなって……!
綺麗になって……!
ちゃんと手足もあって……!」
あるよ!?
元からあったよ!?
「神よ感謝します!!」
マリン、天井に向かって拝み始めた。
「……想定以上だな」
父・エリオスは、
腕を組んだまま、じっと私を見る。
そして。
「……本当に、君に似たな」
静かに言って、
次の瞬間、私の頭を撫でた。
……優しい。
その手が、赤子の頃と、同じだった。
「おかえり、セナ」
それだけで、
胸の奥が、じんわり温かくなる。
「ただいま」
そう答えたら、
また母が泣いた。
忙しい。
「ラウル!」
今度は、母の視線が彼に向く。
「あなたも……
立派になって……!」
ラウルは、少し照れたように笑って、
頭を下げた。
「お世話になりました」
……いや、今も世話になってる。
「ふたりとも、並ぶと本当に絵になるわ……」
マリンが、うっとりした顔で言う。
ちょっと待って。
なに、その目。
「さあさあ、中に入りなさい!
食事も用意してあるし、
部屋も――」
「部屋?」
ラウルと、声が重なった。
「もちろん、同じ部屋よ」
「え?」
「え?」
「だって、ずっと一緒だったでしょう?」
……それは、赤子時代の話では?
父が、静かに補足する。
「部屋は、隣同士だ」
よかった。
ほんとに。
夕食は、豪勢だった。
見た目も香りも、
神殿の食事とは段違い。
「食べてる姿が、もう赤子じゃない……」
母は、感動しながら、私を見ている。
食べにくい。
でも。
笑って、喋って、
久しぶりの食卓。
ここに帰ってきたんだ、
と、ようやく実感が湧いた。
ラウルは、自然に隣に座って、
私の皿を気にして、
水を差し出してくる。
……距離、近くない?
でも、
それが“いつも通り”な気もして。
夜。
用意された部屋に向かいながら、
私は思う。
これからの日常は、
きっと――騒がしい。
でも。
悪くない。




