カップル出来てる
野外訓練も、気づけば二ヶ月半を越えていた。
空は高く、雲は薄く、風は穏やか。
――もう、あの地獄のような豪雨は遠い記憶だ。
変成科村は、今日も元気に稼働中。
家は増え、畑は整い、生活の導線も安定している。
朝起きて、顔を洗って、火を起こして、朝食を作る。
それが当たり前になっていること自体が、もう異常なのだが。
……まあ、慣れって怖いよね。
ふと教官の方を見る。
テーブル。
白いクロス。
湯気の立つ紅茶。
山盛りのドーナツ。
そして片手には、例の恋愛小説。
ページをめくるたび、口元がゆるみ、
「よしっ」と小さくガッツポーズ。
表紙のタイトルが、また強い。
『絡めた指先が離れない』
……いや、ここ森。
野外訓練。
サバイバル。
(……自由だな、この人)
視線を外して、村を見渡す。
――あれ?
なんか、雰囲気おかしくない?
家と家の間。
畑の端。
木陰。
……いる。
ペアで。
野花を集めた即席の花束を差し出している男子がいた。
受け取った女子は、頬を赤くして、もじもじしている。
「……一緒に、夜空散策でもどう?」
「わ、私でよかったら……」
…………。
チッ。
野外訓練だぞ?
ここ。
わかってんのか?
サバイバル。
(……いや、まあ、生きてるからこそ恋もするんだけどさ!)
少し歩く。
今度は、木材置き場の近く。
足を滑らせた瞬間、腰を支える腕。
短い声。
「滑るぞ」
抱きとめられた方が、ぱちぱち瞬きをしてから、照れ笑い。
「ありがとう」
そのまま、なぜか見つめ合ってる。
………………。
チッ!!
ここもか!!
胸の奥が、プンスコする。
何この村、恋愛イベント多すぎじゃない?
そんなところに、背後から軽い声。
「族長!一緒に木苺つみにいかない?」
振り向くと、籠を持った青年が立っている。
やけに爽やか。
やけに距離が近い。
「行く!今すぐ摘みきってやる!!」
気合いが変な方向に入った。
――お前らに食わせる木苺、全部、我らが確保してやるからな!!
森の奥へ。
赤く熟した木苺が、枝先に揺れている。
甘い匂い。
無言でもくもくと摘む。
隣では、同じテンポで手が動いている。
「……セナ。学園に戻っても、一緒にいような?」
ぽつり。
反射で返す。
「A班は不滅。ずっと三年一緒じゃん。当たり前」
間を置いて、
「……そうだよな!」
声が、やけに明るい。
籠がいっぱいになる頃には、腕が少し重くなっていた。
それを、すっと奪うように持ち上げられる。
「俺が持つよ」
「え、重いよ?」
「平気」
当然みたいな顔。
(……ほんと、頼りになる仲間がいて良かったなぁ)
昼。
収穫した木苺で、ジャムを作る。
鍋をかき混ぜ、砂糖を調整し、香りを見て止める。
焼き上がった木苺パイは、見事な出来だった。
……で。
それを。
さっきからイチャイチャしてるカップルの目の前で。
堂々と。
むしゃっと。
「……くれないんですか?」
他班の声。
にっこり笑って、一言。
「あーっまずっぺぇー!!!!!」
空気が凍った。
(よし)
満足。
次、行くか。
そう思った瞬間、胸の奥が、すっと静かになる。
――ラウルに、会いたい。
理由は特にない。
ただ、顔を見たい。
声を聞きたい。
そんな当たり前の感情を、
私はまだ、当たり前だと思っている。
それが、どれだけ近い距離で誰かと歩いているかも、
気づかないまま。




