知らないまま壊れていく夜
夜は、同じ色をしていた。
寮の窓から見える闇も、天井の影も、昨日と何一つ変わらない。
――変わらない、はずだった。
外套を畳み、抱え、息を吸う。
残っているはずの香りは、もう薄い。
それでも、ここにセナはいないという事実だけが、妙に鮮明だ。
知らない。
何をしているのか。
無事なのか。
眠れているのか。
(……何も)
指先に、力が入る。
魔力が、無意識に脈打った。
抑える。
深く息を吐く。
訓練で叩き込まれた制御を、なぞる。
――できる。
俺は、できる。
「……」
名を呼びかけそうになって、喉で止めた。
返ってこないと、分かっているからだ。
⸻
昼の訓練。
魔術陣を展開する速度が、わずかに速すぎた。
「……アインハルト」
教官の声が、空気を裂く。
ただの注意。
いつもなら、なんでもない。
けれどその視線は、ほんの一瞬、測るようだった。
――何かを。
⸻
同室に戻ると、ベッドの軋む音が止む。
視線を上げれば、向こうは何事もなかったように本を閉じる。
「……最近、寝てる?」
軽い声。
軽い、問い。
「問題ない」
短く答えると、それ以上は続かなかった。
けれど、沈黙が一拍、長い。
(……見られてる)
そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。
⸻
夜。
外套を抱いたまま、壁に背を預ける。
セナがいない。
ただそれだけで、世界はこんなにも脆い。
守れない。
守っている“つもり”で、何もできていない。
(……壊す)
ふと、思考がそこへ滑る。
守るために、壊す。
それは、正しい。
間違っていない。
――間違っていない、はずだ。
魔力が、指先に集まる。
小さく、震えた。
ゆっくり、数を数える。
一。
二。
三。
呼吸を整える。
(……セナ)
名を呼ぶだけで、胸が締めつけられる。
知らないまま、遠くにいる。
その距離が、
俺の中の何かを、静かに削っていく。
⸻
翌朝。
廊下ですれ違った生徒が、小さく囁いた。
「……最近、ラウルおかしくない?」
聞こえたのは、偶然だ。
けれど、足が止まる。
すぐに、何事もなかったように歩き出す。
背筋を伸ばし、視線を前に。
――まだだ。
まだ、壊れていない。
壊すと決めたわけでもない。
ただ、
知らない夜が、積み重なっているだけだ。
その事実を、
誰よりも俺自身が、いちばんよく分かっていた。
ラウル視点




