胸が騒ぐ
正直に言うと。
俺は、森が好きになりかけていた。
最初は最悪だった。
雨、泥、重い荷物、意味のわからない訓練。
三ヶ月も野外? 正気か?って思った。
でも、一ヶ月も経てば違う。
朝は空気が澄んでいて、
火を起こす音が生活の合図になって、
畑の芽が伸びるのを見て、
「あ、生きてるな」って思える。
それに――
セナがいる。
それだけで、全部が少し楽しくなった。
族長。
誰が言い出したのか知らないけど、妙にしっくり来る。
命令するわけでも、威張るわけでもない。
ただ「こうしたら生き残れるよね?」って言うだけなのに、
気づけば皆が動いている。
それが、すごい。
罠の設置。
俺は少し後ろで周囲を見ていた。
力仕事は任せろ、って言いたいところだけど、
セナはもう「守られるだけの人」じゃない。
それが、少しだけ――
胸に刺さる。
(……変な感情だな)
守りたい。
でも、置いていかれたくない。
そんなことを考えていた、その時だった。
――森の音が、消えた。
一瞬。
本当に、一瞬。
でも、身体が先に反応した。
(……やばい)
足音じゃない。
呼吸でもない。
“気配”だ。
重い。
低い。
生き物のそれじゃない。
前を見る。
罠の方角。
セナが、指示を出そうとしている。
その背中が、やけに小さく見えた。
(……嫌だ)
この距離で、
この状況で、
もし――
「……来る」
声が、低く出た。
自分でも驚くほど、落ち着いていた。
一歩、前に出る。
無意識だった。
セナの前に、
A班の皆の前に。
枝が割れる音。
影が、動く。
獣じゃない。
目が、違う。
魔力の濁り。
腐った鉄みたいな匂い。
(魔物……)
喉が、きゅっと鳴る。
怖い。
当たり前だ。
でも。
(……逃げたくない)
理由は、単純だった。
ここは、
俺たちの“生きる場所”だ。
セナが作った場所。
皆で作った場所。
それを、
壊されるのは――
絶対に、嫌だ。
「……俺が、引きつける」
声が、震えなかった。
それが一番、怖かった。
頭の奥が冷えていく。
余計な音が消えて、
“やるべきこと”だけが残る。
(守るんだ)
騎士科でも、魔術科でもない。
変成科。
それでも。
生きるために、
仲間のために、
――彼女の前に立つために。
俺は、一歩踏み出した。
胸の奥で、
何かが、はっきりと芽を出したのを感じながら。




