森で狩りを
朝の空気が、やわらかい。
森はもう、脅かす場所じゃなかった。
鳥の声が遠くで重なり、木漏れ日が地面にまだら模様を落としている。
湿り気はあるけれど、不快じゃない。
一ヶ月もここで暮らせば、森の呼吸の仕方がわかってくる。
拠点から少し離れた場所。
獣道の脇で、しゃがみ込みながら地面を覗く。
「……よし。ここ、通ってる」
足跡。
小さくて、軽い。兎か、それに近い何か。
枝を選び、蔓を引き、輪を作る。
しなりのある若木を選んで、角度を調整する。
スネア。
締め罠。
「きつすぎるとダメ。ゆるすぎてもダメ」
声に出すと、集中が保たれる。
変成魔術で蔓の繊維をほんの少しだけ強化する。
自然物のまま、でも切れにくく。
横で、低い声。
「この高さなら、足だな」
頷く。
足首を狙う位置。
首は危険すぎる。
少し離れた場所では、別の班がデッドフォールを組んでいる。
石と丸太。
慎重に、慎重に。
「これ、崩れたら洒落にならんぞ」
「わかってるって!支え棒は俺が刻む!」
森に、笑い声が混じる。
一ヶ月前なら考えられなかった光景だ。
恐怖より、段取り。
混乱より、役割。
「次は、こっち」
合図を出すと、自然に皆が散る。
水場の近く。
糞と踏み荒らされた草。
「当たりだな」
罠を設置し終え、土をならし、葉を被せる。
完璧に隠す必要はない。
“自然の一部”に見えればいい。
午前中の作業は、そこで切り上げ。
拠点に戻ると、畑では別の作業が進んでいた。
豆の蔓を誘引し、芋の土寄せ。
きのこ棚の湿度調整。
「今日の昼、何?」
「干し肉スープ。あと、昨日のパン」
「……肉」
ぽつり。
「今日は、獲れたらいいなぁ」
昼を過ぎ、太陽が少し傾く頃。
罠の確認に向かう。
最初のスネア。
「……!」
輪が、締まっている。
中で、白い毛玉がもがいていた。
「やった……!」
思わず声が弾む。
「兎だ!」
「肉だ!!」
歓声が上がる。
誰かが両手を上げる。
「晩飯だー!!」
急いで、でも慎重に。
苦しみを長引かせないよう、処理をする。
黙る。
皆、自然と。
「……ありがとう」
小さく呟いて、手を動かす。
もう一箇所。
デッドフォール。
「……おい」
声が、少し低い。
「来い。これ」
石が、ずれている。
下には――何もない。
「逃げられたか」
「いや……」
地面。
引きずった跡。
「……大きい」
足跡が、深い。
「兎じゃない」
空気が、変わる。
さっきまでの森と、違う。
音が、少ない。
鳥の声が、途切れている。
「……帰る?」
誰かが言う。
でも、その時。
枝が、鳴った。
重い。
低い位置。
「……来るぞ」
影が、動く。
獣じゃない。
動きが、違う。
魔力の、匂い。
「魔物……?」
背筋が、ぞわりとする。
狩りの延長。
生活の中。
その隙間に、
**“生き物を殺すためだけの存在”**が、入り込んでいた。
「……罠、まだ使える」
声は、震えていない。
「下がって。位置、誘導する」
ここは、森。
ここは、拠点の外。
でも――
生きるために、逃げない。
変成科は、
生きるために、考える。
森が、静かに息を止めた。




