阿吽の呼吸
春らしい空模様だった。
雲は高く、風は柔らかい。
昨夜まで降っていた雨の名残が、土にしっとりと残っている。
手には鎌。
足元には畑。
しゃり、と土を切る音が続く。
無心。規則正しい。
驚くほど地味。
変成魔術は万能じゃない。
成長は促せる。
栄養も巡らせられる。
腐敗も遅らせられる。
でも――
刈るのは、手。
抜くのも、手。
集めるのも、手。
「……やっぱ地味だなぁ」
それでも嫌じゃない。
むしろ、この感覚が好きだった。
種を撒き、
成長を促し、
花が咲き、
受粉は――手動。
ぽん、ぽん、と優しく花に触れていく。
「私たちは蜜蜂」
「私たちは蝶々」
「私たちは植物たちのキューピッド……」
ぼそっと呟いた瞬間、
他班の男子が調子に乗る。
「おら、孕め孕めー!」
即座に返る声。
シアンが眉を吊り上げた。
「卑猥!通報案件!」
……おい。
ここ、全年齢対象だぞ。
ため息を飲み込んだところで、影が差す。
レックが水筒を差し出してきた。
「族長。ほら、水」
「レック~!ありがとう~!」
喉を潤す。
生き返る。
このやり取りが、もう自然だ。
気づけば一ヶ月半。
私たちは完全に「森の部族」だった。
家があり、
畑があり、
役割があり、
笑いがある。
そして――
「お肉が食べたい!!!」
衝動的に叫んだ私に、
レックが肩をすくめる。
「だよなー」
その横で、
ファルケが一言、低く。
「……狩る」
即座に空気が変わる。
シアンが目を見開いた。
「待って!どうやって???」
私は顎に指を当てる。
「……罠?」
森には動物がいる。
魔物も、いる。
変成科で武器を整え、
罠を張り、
役割を決めれば――
理論上は、可能。
……理論上は。
ちらり、と視線を向ける。
少し離れた場所。
テーブルクロス。
椅子。
紅茶。
ショートケーキ。
そして、片手に恋愛小説。
『恋に溺れた私の禁断生活』
……タイトル、強すぎ。
教官は、にこにこしていた。
止める気、皆無。
A班の視線が絡む。
言葉はない。
でも、わかる。
――やる。
ただし、A班だけじゃない。
これは生きるための選択。
変成科全体でやることだ。
知恵を集め、
工夫を重ね、
誰も欠けないために。
私たちは戦わない。
でも、生き抜く。
変成科は、今日も地味だ。
でも、その地味さが、すべてを支えている。
鎌を握り直す。
「……よし。準備、始めよっか」
静かに。
でも、確かに。
部族は、次の段階へ進もうとしていた。




