族長に惚れた男
最初に見かけた時は、正直――変な子だと思った。
教室のドアを完全に塞いで、腕をぶんぶん振り回しながら、
「唸れ!遺伝子!!」
と叫んでいた女の子。
……なにを唸らせてるんだ。
周囲はくすくす笑っていたし、教官も苦笑いで追い払っていた。
だから、その時はただ、
「面白い子と同級生になったな」
それだけだった。
――野外訓練初日までは。
土砂降りの中、A班として整列した時。
視界の端で、彼女が雨に濡れているのを見た。
銀色の髪が雨を弾いて、重たそうに背中に張りついていた。
蒼い瞳は、天候なんて関係ないみたいに真っ直ぐで。
濡れた睫毛の隙間から覗く視線が、やけに強い。
……綺麗だ。
そう思った瞬間、目が開きっぱなしになった。
「痛ッ!目に雨入った!」
完全に見惚れて、真正面から雨にやられた。
いや、違う。
――一目惚れした。
それからは、もう駄目だった。
家を作るぞ、と言い出した時もそうだ。
冗談かと思った。
でも、違った。
間取り。
導線。
排水。
高床。
風向き。
指示が、全部的確だった。
「え、ここまで考えてる?」
思わず口に出たら、彼女はきょとんとして首を傾げた。
「だって、生活するでしょ?」
……生活。
その一言が、胸に刺さった。
戦うためじゃない。
勝つためでもない。
生きるため。
そういう目で、この場所を見ている。
雨の中、泥だらけになりながら指示を出して、
誰かが滑れば手を伸ばし、
疲れた顔をしている人がいれば声を掛ける。
笑顔が、やたらと柔らかい。
……笑顔が、可愛い。
胸の奥を、ぎゅっと掴まれた気がして、思わず服の上から押さえた。
ああ。
父さんと母さんが言ってた。
「生き残れ。
それから嫁探しだ。
ちゃんとした相手は、ちゃんとした場所にいる」
こういうことか。
数日後。
森の中に、ありえない光景が広がっていた。
――村。
本当に、村だった。
テントじゃない。
家。
道。
共有スペース。
役割分担。
しかも恐ろしいのは、A班だけが回しているわけじゃないことだ。
他班が自立できるよう、
自然に情報を流し、
頼りきりにならないよう誘導している。
誰も命令されていない。
でも、皆が従っている。
成人して、まだ一年も経っていないはずなのに。
まるで、長い時間を積み上げてきた人みたいだった。
……101年分の貫禄、なんて知る由もないけど。
そんな彼女が、木材を運ぼうとしていた。
反射的に、声が出る。
「俺が運ぶよ」
近づくと、ふっと笑った。
「レック!頼りになるー!ありがとう」
その一言で、心臓が跳ねた。
……可愛い。
しかも、距離が近い。
雨上がりの空気の中で、ふわっと香る、甘い匂い。
はっ、と我に返る。
……なに考えてるんだ俺。
野外訓練中だぞ。
でも。
セナの傍で、三年間過ごせる。
それだけで、運を使い切った気がした。
「族長!次の指示は?」
冗談半分で呼んだら、即座に振り返って怒鳴られた。
「族長っていうな!!!」
その必死さが、また可笑しくて。
あはははは。
笑いながら思う。
――これはもう、惚れるよな。
守りたいとか、奪いたいとか、
そんな物騒な気持ちじゃない。
ただ。
この人が作る場所で、生きていたい。
それだけだった。
レック・レス視点




