野外訓練10日目
朝だった。
……はずだ。
目を開けた瞬間、最初に感じたのは――
腹の底からの、嫌な予感だった。
「……」
静かすぎる。
いつもなら、誰かが鍋を鳴らす音だとか、
乾かしきれなかった布が風に揺れる音だとか、
多少は生活音がする。
なのに今日は、妙に整然としている。
起き上がり、共有スペースを覗いた瞬間。
「……あ」
理解した。
食料箱が、軽い。
正確には――
軽すぎる。
「……足りない」
声に出した途端、現実味が増した。
食料が、足りない。
十日目。
まだ二ヶ月と二十日残っている。
にもかかわらず。
「昨日の夜、みんな食べすぎた……?」
自分で言って、首を振る。
いや、違う。
視線を外に向ける。
そこには――
見慣れすぎた光景が、広がっていた。
雨は止み、ぬかるみだった地面はすっかり踏み固められ、
木立の合間に、家、家、家。
テント?
違う。
布張りの家。
高床式。
煙突付き。
中には、窓まである。
……増えてる。
明らかに、増えてる。
「……あれ?」
「おはよー!」
「今日、パンふわふわだよ!」
「この辺、完全に町だよね?」
声が飛び交う。
A班の拠点を起点に、
周囲の班が、全力で真似をし始めていた。
「町かんせーい!」
誰かが叫ぶ。
笑い声が上がる。
……いや、笑ってる場合じゃない。
「枕と布団を、もっとふわふわのやつにしたいんだよね」
「調理器具とカトラリーのデザイン、どうしても納得いかなくてさ」
「ゴミと汚水、ちゃんと浄化しないと病気出るよ」
飛び交う要望。
全部、もっとも。
全部、正論。
そして――
全部、変成科に投げられている。
「……」
私は、そっと額に手を当てた。
これは。
これは――
キャンプじゃない。
「……村だ」
誰かが言った。
「うん、村だね」
「完全に、定住してる」
「ていうか、戻れる?」
笑いながらも、誰も否定しない。
A班の家の前には、
相談待ちの列までできていた。
「この木、床材にできる?」
「鍋の底、焦げつきすぎてて」
「水路、詰まった!」
「……あの」
控えめに声をかけられる。
「食料、どうしてます?」
その一言で、全てが繋がった。
――消費量が、増えすぎた。
人が集まり、
生活が回り始め、
「最低限」では足りなくなった。
「……そうだよね」
私は深く息を吸い、
両手を腰に当てた。
「よし」
ぱっと顔を上げる。
「森に住む部族――」
間を置いて、宣言する。
「変成科!!」
一瞬の沈黙。
それから。
「それ、なんか強そう」
「文明築いてる感ある」
「もう野外訓練ってレベルじゃない」
笑いが起きる。
「でも、やるしかないよね」
私は周囲を見渡した。
火を扱う者。
水を制御できる者。
素材の構造を読むのが得意な者。
……揃っている。
「まずは食料の再配分」
指を折って数える。
「保存の効くものを優先。
次に、森の資源を使う。
採取、乾燥、加工。
それから、無駄を出さない導線を作る」
誰かが目を丸くする。
「……それ、もう行政じゃん」
「村長?」
「いや、族長?」
「やめて!!」
即座に否定する。
「私は現場担当!」
笑いが起きる。
でも、動きは早かった。
役割分担が自然に生まれ、
相談は減り、
代わりに報告が増える。
気づけば、
朝の不安は、忙しさに上書きされていた。
……正直、疲れる。
でも。
「助かった」
「ありがとう」
「ここ、住みやすい」
そんな言葉が、
雨上がりの空気みたいに、胸に残る。
私は思う。
――変成科って、なんだろう。
派手じゃない。
前に出ない。
でも。
人が生きる場所を、形にする。
森の中に生まれた、即席の村。
足りないものだらけで、
不完全で、
それでも。
「……なんか」
小さく笑う。
「悪くないな」
野外訓練十日目。
キャンプは、もう――
完全に、生活になっていた。




