守られない夜を仲間と
相変わらず、外は酷かった。
雨は弱まる気配を見せず、屋根を叩く音が一定のリズムで続いている。
風が吹くたび、布のカーテンがふわりと揺れ、雷の残響が遠くでくぐもっていた。
……眠れない。
横になって目を閉じても、身体の疲労とは裏腹に、頭だけが冴えている。
雨音が大きすぎるせいか、それとも――。
私はそっと起き上がり、足音を殺して共有スペースへ向かった。
中央の部屋は、夜営用の魔術灯が落とされ、弱い光だけが残されている。
その淡い灯りの中で、湯を沸かし、紅茶の葉を用意した。
カップに湯を注ぐと、ほっとする香りが立ち上る。
……落ち着く。
湯気に顔を近づけた、その時。
「……起きてたんだ」
振り向くと、入口の影に人影があった。
濡れた前髪を指で払って、少し気まずそうに立っている。
「眠れない?」
そう聞くと、苦笑して頷いた。
「雷、すごいからさ」
わかる。
うんうんと頷いて、私はもう一つカップを取り出した。
「ちょうど良かった。今、紅茶入れたところ」
言いながら、クッキーを数枚、皿に乗せる。
「はい。どうぞ」
差し出すと、一瞬、目を見開いた。
「……俺の分も?」
「もちろん」
当たり前みたいに言うと、耳まで赤くなる。
「……ありがとう」
その声が、少しだけ照れているのがわかって、なんだか可笑しくなった。
並んで腰を下ろし、カップを手に取る。
外の嵐とは対照的に、ここだけは静かだった。
しばらく、何も言わずに紅茶を飲む。
それから、ぽつりと。
「……そのさ」
言い出すまでに、やけに間があった。
「彼氏とか……いるの?」
おっと。
私は一瞬考えて、それから正直に答えた。
「嫁はいるけど、彼氏も夫もいないかな」
自分でも不思議なくらい、自然に口をついた言葉。
相手は、一瞬固まった。
「……よ、嫁?」
そこは引っかかるよね。
でも、その次の瞬間。
「……彼氏、いないんだ」
小さく、でも確実に、安堵の色が浮かぶ。
「俺もっ!」
急に声が大きくなる。
「俺も彼女とか奥さんとか、いないから!」
……なんか必死だな。
その様子を見て、私はすとんと納得した。
「ああ、なるほど」
「え?」
「生き残って、嫁さま探ししなきゃってことね」
一瞬の沈黙。
それから、吹き出すような笑い。
「ち、違……いや、否定できないかも」
「でしょ?」
そう言って、ふふっと笑う。
「じゃあ、生きて帰らなきゃね」
その一言で、空気が変わった。
真剣で、でも柔らかくて。
生きる前提の言葉。
相手は、じっとこちらを見て――
それから、ぽっと頬を染めた。
「……俺が」
少し、声が上ずる。
「俺が、セナをサポートするよ」
まっすぐで、迷いのない目。
「それは有難い~!」
私は即答した。
「皆がいて、ほんと良かった」
その言葉に、また少し照れたように笑う。
「……あ、あのさ」
続きを言いかけた、その時。
「ずるーい!」
横から声が飛んできた。
「クッキー食べてるー!」
ひょいっと手が伸びて、皿から一枚消える。
「ちょっ!」
慌てた声を無視して、もぐもぐと食べながら、別の影が肩をすくめた。
「共有物だろ」
さらに、もう一枚。
「おい!」
抗議の声に、思わず笑ってしまう。
こうして、夜は少しずつ、和らいでいった。
嵐はまだ続いている。
でも、ここには声がある。
温度がある。
「……明日も、頑張れそうだね」
誰かが言った。
「うん」
私は頷いた。
しばらくして、それぞれ自分の部屋へ戻る。
乾かしておいた外套を広げ、布団代わりに身体を包む。
ごわりとした感触。
目を閉じると、ふと浮かぶ顔。
……ラウル。
学園に戻ったら。
食堂で、ちゃんと声を掛ける。
「……ラウル」
小さく名前を呼んで、息を吐く。
嵐の夜。
守られない夜。
でも、ひとりじゃなかった。
そう思いながら、私はゆっくりと、眠りに落ちていった。




