拠点に灯る灯り
雷鳴が、また一つ夜を割った。
空気が震え、遠くで何かが崩れ落ちる音がする。
雨は相変わらず容赦がなく、地面を叩きつけ、森を殴りつけ、他班の方向からは悲鳴に近い声まで聞こえてきた。
……とんでもないな、野外訓練。
布のカーテンを少しだけめくって外を覗き、私は肩をすくめた。
視界は白い雨幕。雷光のたびに、木々の影が歪んで跳ねる。
でも。
背中を向けて振り返ると、そこには――
明かりがあった。
中央の部屋に灯した魔術灯。
柔らかく、橙色の光。
雨音を遮る屋根。
足元は濡れていない床。
……生きてる。
ただそれだけの事実が、胸の奥をじんわりと温めた。
「……ふぅ」
自然と息が漏れる。
外は地獄絵図。
でも、ここは違う。
「よし!」
私は腕まくりをして、台所代わりのスペースに立った。
鍋。
簡易かまど。
保存食。
香草。
そして、変成。
「唸れ!遺伝子!!」
勢いだけは一丁前に叫んで、魔術展開。
保存肉の繊維をほぐし、脂を整え、熱を均一に回す。
乾いた野菜は水分を含ませ、歯触りを戻す。
香草は香りだけを立たせ、苦味は抑える。
じゅわ、と音がした。
湯気が立ち上り、室内に広がる匂い。
肉の旨味。
焼けた香ばしさ。
ほのかな甘み。
……うん、勝った。
「え、なにこれ……」
背後から声。
「雨の中で、これは反則じゃない?」
「ちょ、腹鳴ったんだけど!」
「野外訓練って聞いてたよね!?」
ざわつくA班。
皿代わりの器に盛り付けて、差し出す。
「どうぞー。今日の夕飯です」
一口。
次の瞬間、空気が止まった。
「……うま」
「え、ちょっと待って……うま」
「なにこれ……家じゃん……」
雷鳴が轟く。
雨が叩く。
でも、ここには笑い声がある。
「その……」
少し間を置いて、控えめな声が飛んできた。
「さっきから言ってる、その……
『唸れ!遺伝子』って、なに?」
一斉に集まる視線。
……あ。
私は一瞬だけ言葉に詰まり、次の瞬間、胸を張った。
「気合い」
「……気合い?」
「そう。気合い」
真顔で言い切ると、数秒の沈黙。
それから。
「ははっ!」
「なにそれ!」
「雑すぎない!?」
笑いが弾けた。
「でもさ」
誰かが言う。
「その気合い、めちゃくちゃ効いてるよね」
「うん」
「今日ここまで生きてこれたの、正直セナのおかげだと思う」
胸が、きゅっとなる。
「ち、違うよ」
慌てて首を振る。
「みんなが動いてくれたから。
私は……言ってただけ」
「それが一番大事」
当然みたいに言われて、言葉に詰まった。
気づけば、肩が触れる距離。
自然と、輪が狭まっている。
誰からともなく、腕が伸びて――
ぎゅっと、抱き合った。
あったかい。
濡れていない。
ちゃんと、人の体温。
外では、また雷が落ちた。
でも、ここには灯りがある。
変成科A班の拠点。
今日、作った場所。
今日、生き延びた証。
私は思う。
……変成科、まじで神じゃない?
小さく笑って、もう一度、鍋をかき混ぜた。
「おかわりあるからねー!」
歓声が上がる。
雷鳴に負けない声で。
この夜、私たちは確かに――
“生きる場所”を手に入れた。




