これだよコレ!
雨音が、壁の向こうで別世界の出来事みたいに響いていた。
ばしゃばしゃと叩きつける音。
雷鳴が腹の底まで揺らす衝撃。
遠くで聞こえる、他班の悲鳴と怒号と、たぶん泣き声。
それなのに。
私のいる場所は、静かだった。
布で作ったドアを、きゅっと閉める。
窓代わりの開口部には、厚手の布を二重に垂らしてある。
完全な遮音じゃない。
でも――それで、十分だった。
「……」
思わず、息を吐く。
野外。
豪雨。
三ヶ月。
条件だけ並べたら、普通は地獄だ。
なのに。
自分だけの部屋が、ここにある。
四つに区切った間取り。
中央の共有スペース。
左右に二部屋ずつ。
それぞれ、布のカーテンで仕切られた“個室”。
床は高床式。
土の冷えも、水の侵入もない。
階段は四段。五歩目で、ちゃんと「家」に入る感覚。
「……すご」
声に出した瞬間、実感が追いついた。
ここは、ただのテントじゃない。
平屋一戸建て。
しかも――
今日、生きるために作った家だ。
「変成科、まじで神じゃない?」
ぽろっと零れた私の言葉に、空気が一瞬止まって――
次の瞬間、あちこちから小さな笑いが起きた。
「それ、今言う?」
「いやでも事実じゃない?」
「地味って言われてたの、誰だっけ」
肩をすくめながら、壁を軽く叩く音。
その感触を確かめるように、床を踏みしめる音。
外は、相変わらず土砂降りだった。
雷が光るたび、布越しに白い影が走る。
ごろごろと腹に響く音に、他班の方角からまた悲鳴が上がった。
……ごめん。
ちょっとだけ、優越感。
「聞こえる……」
「叫んでるね」
「生きろって感じする」
そんな会話を交わしながら、私たちは中に集まった。
中央の部屋。
まだ家具はない。
でも、空間はある。
それだけで、人は落ち着けるんだって、初めて知った。
「正直さ……」
ふっと、低い声。
視線を向けると、濡れた前髪を無造作に拭いながら、彼が立っていた。
「最初、俺この班、不安しかなかった」
正直すぎる告白に、くすっと笑いが漏れる。
「わかる」
「雨で滑るし」
「忘れ物するし」
言われ放題なのに、本人は苦笑しながら頷いた。
「でもさ」
一拍置いて、視線が私に向く。
「セナのアイデアが、全部ひっくり返した」
その言い方が、やけに真っ直ぐで。
逃げ場がなくて。
一瞬、言葉に詰まる。
「……それは」
否定しようとして、やめた。
だって、違わない。
でも、それだけじゃない。
「みんなが協力してくれたからだよ」
ちゃんと伝えたかった。
「支えてくれたし、形にしてくれた。
私ひとりじゃ、絶対ここまで来てない」
視線を巡らせる。
硬化した煉瓦。
水の流れを計算した溝。
歪みのない柱。
雨を弾く屋根。
全部、誰かの手が入っている。
「ありがとう」
そう言った瞬間だった。
誰からともなく、距離が詰まった。
ぎゅっと。
自然に。
理由もなく。
濡れた服越しに伝わる体温。
肩に触れる腕。
背中に感じる呼吸。
「あー……」
「やば……」
「生きてる……」
誰かが、そんなことを言って。
そのまま、笑いが溢れた。
達成感。
それは、派手な勝利じゃない。
敵を倒したわけでもない。
褒められたわけでもない。
でも。
ここが、生きる場所だって、全員がわかっていた。
雷が鳴る。
雨が叩く。
それでも、ここは崩れない。
変成科A班は、震えていた。
寒さじゃない。
恐怖でもない。
――生き延びた実感に。
私は、そっと壁に手を当てた。
まだ、始まったばかり。
三ヶ月は長い。
きっと、楽じゃない。
でも。
「……ここなら、いける」
小さく呟いたその言葉は、
雨音に消されることなく、
ちゃんと胸に落ちた。
ここが、生きる場所だ。




