出発前夜、離れる不安
部屋の明かりを落としても、目が冴えてしまって眠れない。
ベッドに仰向けになり、天井を見つめたまま、私は小さく息を吐いた。
(……明日から、野外訓練)
変成科オンリー。
三ヶ月。
ソロキャンプに限りなく近い、訓練という名の生活。
頭では理解している。
準備もした。
持ち物も、背負える分だけ厳選した。
それでも。
胸の奥が、ざわざわと落ち着かない。
理由は、はっきりしていた。
(……ラウル)
週末前、食堂で見かけた背中。
人の流れの向こう側。
呼べば声は届いた距離。
――呼ばなかった。
今になって、後悔がじわじわと滲み出してくる。
(声、掛ければよかった……)
たった一言。
「元気?」でも、「頑張ってね」でも。
それだけで、何かが違ったかもしれないのに。
布団の端を、ぎゅっと掴む。
キャンプ。
前世を含めても、ほぼ初めてだ。
興味もなかったし、
一生縁がないものだと思っていた。
王都への移動で野外に出たことはある。
でも、あれは“キャンプ紛い”。
馬車で揺られて、
休憩は野外でも、
夜はちゃんと宿。
安心安全。
何より――
(ラウルが、そばにいた)
それが当たり前だった。
……当たり前、だったんだ。
セナ「……バカ……」
小さく呟いて、額に手を当てる。
前世持ちだからって、
チートが付与されるわけでもない。
世界を揺るがす特殊能力が、突然目覚めるわけでもない。
私は、ただの私だ。
変成科の一年生。
派手さゼロ。
地味枠。
できることは、
壊れたものを直して、
生活を整えて、
“いないと詰む”役割を、黙々と果たすこと。
それだけ。
なのに。
ラウルの方が、不安定になっている気がした。
最後に話した時。
声は落ち着いていた。
表情も、いつも通りだった。
……でも。
目が、違った。
(……あれは)
私が知らない、
でも知っているような、不安の色。
セナ「……大丈夫かな……」
枕に顔を埋める。
私の野外訓練。
変成科だけのキャンプ。
ラウルは、参加しない。
学園内。
でも、別の場所。
同じ学園にいるのに、
守りたい距離に、手が届かない。
(……私がいない夜、どうするんだろ)
考えた瞬間、胸がきゅっと締まった。
いつも一緒に寝ていた。
それが、もう日常になっていた。
腕の重さ。
呼吸の音。
温度。
それが、ない。
(……そりゃ、不安定にもなるよね)
私は、ゆっくりと体を横に向けた。
ラウルは、強い。
戦える。
壊せる。
でも――
“耐える”のは、得意じゃない。
セナ「……私、なにしてるんだろ……」
野外訓練の不安より、
キャンプの準備より、
今は、
ラウルの不安の方が、ずっと重くのしかかってくる。
会いに行けない。
声も、掛けられない。
せめて。
(……無事でいて)
それだけを、心の中で何度も繰り返す。
目を閉じる。
眠りは、なかなか訪れなかった。
明日、
私は出発する。
ラウルから、少しだけ――
確実に、離れる夜だった。




