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不運死する幼馴染を救ったら懐かれた  作者: ChaCha


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最初の夜、抱けない距離

寮の部屋は、無駄に整っていた。

ベッド。机。椅子。

必要なものは、すべて揃っている。


――それなのに。


「……セナ」


声に出した瞬間、喉がひりついた。

返事がないと分かっているのに、呼ばずにはいられなかった。


ベッドに腰を下ろす。

沈み込む感触は、実家のものと似ているはずなのに、まるで別物だ。

軽い。

空っぽだ。


いつもなら、ここに重みがある。

体温があって、呼吸があって、心臓の音が耳の奥まで伝わってくる。


――今夜は、ない。


「……セナ……」


もう一度、今度は低く。

名を呼ぶだけで、胸の奥が疼いた。


セナがくれた外套を手に取る。

丁寧に畳まれていたそれを、我慢できずに引き寄せた。

布に顔を埋める。


息を吸う。


……残っている。

確かに、残っている。


でも、それだけだ。


「……ふ……」


呼吸が、乱れる。

深く吸っても、足りない。

欲しいのは、布についた残り香じゃない。


肌から立ちのぼる、あの温度。

眠る前に、無意識に寄せてくる重み。

安心しきった呼吸。


――それが、ない。


「……違う」


外套を抱きしめる腕に、力がこもる。

爪が布に食い込みそうになるのを、ぎりぎりで止めた。


戦闘の後は、いつもこうだ。

身体が覚えている。

生き残った感覚。

壊した感触。

魔力の残滓。


その熱を、受け止めてくれる場所が――


「……いない」


言葉にした瞬間、現実が突き刺さる。


セナはいない。

同じ学園にいるのに。

呼べば届く距離にいるはずなのに。


ここには、いない。


外套に顔を埋め、もう一度、強く息を吸う。

香りを、肺の奥に押し込むみたいに。


「……セナ……」


喉が、熱を持つ。

思考が、じわじわと歪んでいく。


守る。

守らなきゃならない。


なら――


壊すしかない。


邪魔なものを。

近づくものを。

奪おうとする可能性を。


静かに、その考えが芽を出す。

怒りじゃない。

衝動でもない。


必要だと、自然に思えてしまうことが、何より恐ろしかった。


「……まだだ」


小さく、言い聞かせる。

これは、まだ、越えてはいけない線だ。


ベッドに横になる。

外套を胸に抱いたまま。


目を閉じても、眠りは来ない。

身体だけが、勝手に熱を帯びる。


手が、無意識に伸びる。


――……いない。


そこにあるはずの温もりは、どこにもない。


「……セナ……」


名を呼びながら、呼吸が浅くなる。

理性で抑え込んだ本能が、内側で暴れる。


守るために壊す。

その思考が、胸の奥で静かに根を張り始めているのを、はっきりと自覚していた。


それでも、今夜は――


外套を抱いたまま、動かない。


動けない。


この距離を、

この“抱けない夜”を、

耐え切れるかどうか。


それが、試されている最初の夜だった。



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