全ての者を支えるのは変成科
朝の訓練場は、ひらけているのに息苦しかった。
地面は均され、杭と魔術標が規則正しく並び、遠くに簡易の結界柱。
風が吹くたび、金属と魔力の匂いが混ざって鼻を刺す。
(……広い。けど、怖い)
集合の号令。
科ごとに並ぶ。
前列――騎士科。
鎧のきしむ音が揃っている。重い足音。視線は前だけ。
そのすぐ後ろ、ぴたりと寄り添うように治癒魔術科。
距離が近い。近すぎる。
でも、それが“正しい”。
騎士科が盾。
治癒魔術科が命。
二つで一つ。
呼吸の間合いまで共有している。
その横、少し離れて魔術科。
空気が違う。
魔力の密度が高く、視線が鋭い。
互いを意識し、競い合いながら、同じ敵を見る目。
(……ラウル)
一瞬、背中が見えた。
こちらに気づく気配はない。
それでいい、と思った。
そして。
変成科。
……端っこ。
訓練場の、ほんとうに隅。
「……地味」
誰かがぽつりと呟いて、
別の誰かが「でも安全そう」と笑う。
安全。
その言葉に、私は少しだけ眉をひそめた。
教官が前に出る。
大柄で、よく通る声。
「合同訓練前の説明だ!」
ばしん、と杖で地面を叩く。
「配置は基本から変えない。
騎士科と治癒魔術科はニコイチだ。
盾が倒れりゃ、後ろが死ぬ。
後ろが欠けりゃ、盾は瓦解する」
治癒魔術科の方で、誰かが軽く頷いた。
騎士科も、当然のように。
「魔術科。
お前らは前に出すぎるな。
だが、引きすぎるな。
騎士科と競い、同じ敵を見る。
ここで育つのは、ライバルだ」
魔術科の列が、わずかにざわめく。
誇らしさと、緊張。
「治癒魔術科。
倒れた仲間は即回収。
治癒展開。
……たまに、ビンタ」
ぱぁん、と、どこかで乾いた音が鳴る。
「目を覚ませ。
死から呼び戻された直後は、
感情が暴走する」
治癒魔術科の生徒が肩をすくめる。
騎士科の誰かが苦笑した。
(……相思相愛だな)
微笑ましくて、
でも、少しだけ怖い。
「で――」
教官の声が、少しだけ落ちる。
「変成科」
全員の視線が、こちらに向く。
「お前らは、すみっこだ。
地味だ。
目立たん。
前にも出ない」
(ですよね)
心の中で頷いた、その次。
「だが――
いなきゃ、詰む」
一瞬、空気が止まった。
「装備。
食料。
水。
衛生。
野営。
修復。
補給。
環境再生。
戦場の“生活”は、全部お前らだ」
魔術標が点灯する。
結界の向こう、模擬戦開始。
火が走る。
風が裂ける。
土が隆起する。
(……っ)
風圧が、皮膚を叩く。
魔術科の一撃が、空気を震わせた。
騎士科が前に出る。
盾が受け、衝撃で何人かが吹き飛ばされる。
「うわっ!」
その瞬間、治癒魔術科が動いた。
ひょい、と軽やかに避け、
倒れた騎士を引きずり、治癒陣展開。
「戻ってこい!」
ぱぁん。
……ビンタの音。
「目、覚ませ!恋してる場合じゃない!」
(恋……!?)
思わず目を見開く。
教官が笑う。
「死をくぐると、感情が混線する。
だから叩く。
正気に戻すためにな!」
笑いが起きる。
でも、誰も否定しない。
次の瞬間、
魔術科の攻撃で、地面がえぐれた。
(え……)
土が抉れ、黒く焦げる。
焼け野原。
教官が、こちらを見る。
「変成科!
再生!」
(えっ、今!?)
心臓が跳ねる。
先輩が動く。
地面に手をつき、魔力を流す。
焦げた土が、
じわり、と色を取り戻す。
裂け目が塞がり、
草の気配が戻る。
「……すご」
誰かが呟く。
「汚染回避!
分解、浄化!」
別の先輩が、
燃え残った残骸を分解し、
無害な塵へ。
「ゴミ処理も仕事だぞー!」
笑い声。
でも。
私は、笑えなかった。
(……これ、訓練?)
風圧。
衝撃。
死の気配。
「こ……これは……
訓練というより……戦場では?」
隣の子が、青い顔で頷く。
教官が、豪快に笑った。
「はっはっは!
いい質問だ!」
指で、戦場を示す。
「だからだ。
本来、魔術科は二年から参加だ。
扱いを誤れば、
ここにいる全員が死滅する」
……だよね!?
「だがな」
教官の声が、少しだけ真剣になる。
「すぐそばにある死を感じておかないと、
“籠”の重要性は理解できん」
籠。
前に出ない者。
支える者。
包む者。
変成科。
私は、遠い目をした。
(思ってた以上に……
現実だ……)
派手じゃない。
目立たない。
でも。
この場が崩れないのは、
後ろに立つ者がいるからだ。
……まだ、私は知らない。
今、教官や戦闘班が口にした
「いないと詰む」
「消えたら死ぬ」
その言葉が、
いつか自分に向けられることを。
ただ、胸の奥で、
静かに何かが噛み合った。
箒と塵取りから始めたい、なんて
思っていた昨日の自分が、
少しだけ遠く感じられた。




