食堂と距離
食堂の扉をくぐった瞬間、どっと音と匂いが押し寄せた。
広い。
天井が高い。
そして、料理の種類が多すぎる。
「……すごい」
思わず声が漏れる。
煮込み、焼き物、蒸し物。
肉も魚も野菜も、色が強い。
香りが強い。
主張が激しい。
これが全部、無料で提供されているという事実に、改めてこの学園の本気を感じる。
(学びに集中させるため、か……)
つまり、逃げ場はない。
食べるしかない。
体力も、魔力も、全部ここで支えろということだ。
トレーを持って列に並ぶ。
前後から聞こえる声。
笑い声。
緊張を含んだ話題。
初日。
まだ皆、距離を測っている。
私は無難そうなスープとパンを選び、
次に目に入った焼き野菜を追加した。
……その時だった。
視界の端に、
“違う空気”が引っかかった。
(……あ)
反射的に、そちらを見る。
人の流れの向こう。
魔術科の列。
背中だけで、わかる。
姿勢が、違う。
立ち方が、静かすぎる。
ラウル。
戦闘寄りの魔術科の制服は、色味が抑えられている。
動きやすさ重視で、無駄がない。
その中で、彼は余計に目立っていた。
(……いる)
同じ学園。
同じ時間。
同じ昼休み。
なのに。
距離は、
思ったより、はっきりしていた。
呼べば、声は届く。
名前を呼ぶだけだ。
「ラウル」
――それだけ。
それだけなのに。
喉の奥で、音が止まった。
(今、呼んでいいのかな)
彼は、魔術科の列にいる。
私は、変成科の列にいる。
ただの列の違い。
ただの立ち位置。
でも、それは
“選んだ道の違い”でもあった。
胸の奥が、少しだけ、冷える。
列が進む。
料理を受け取り、席を探す。
変成科の生徒たちが、窓際に集まっていた。
「セナ、ここ空いてるよ」
声をかけられて、頷く。
トレーを置いて、腰を下ろす。
「どう?初日」
「地味」
即答すると、くすっと笑いが起きた。
「だよね」
「派手さゼロ」
「でも、できないと詰むやつばっか」
わかる。
それは、よくわかる。
スープを一口飲む。
温かい。
その温度が、
今の私には少しだけ、優しすぎた。
ふと、また視線が動く。
……まだ、いる。
今度は、席に着いたラウルの背中。
向かいに座るのは、知らない学生。
会話は少なく、淡々としている。
(戦闘魔術科だもんね)
壊す力を扱う場所。
死に近い場所。
変成科の静かな基礎授業と、
あまりにも対照的だ。
(……離れてる)
言葉にしたわけじゃない。
でも、身体が先に理解してしまった。
呼べば届く距離なのに、
呼ばないという選択をした。
それだけで、
こんなにも実感するなんて。
「セナ?」
名前を呼ばれて、はっとする。
「ごめん、ちょっと考え事」
「初日あるあるだね」
そう言って、笑ってくれる。
私は笑い返しながら、
もう一度だけ、ラウルの背中を見る。
振り向かない。
こちらを探してもいない。
……たぶん、気づいていない。
それが、少しだけ、救いだった。
(夜に、話せばいい)
そう思って、
スープを飲み干す。
昼休みは、短い。
学園の日常は、容赦がない。
トレーを返却口に置き、立ち上がる。
食堂を出る前に、もう一度だけ、振り返る。
ラウルの背中は、
相変わらず、遠くて、近い。
同じ学園。
同じ空間。
でも。
昼の食堂で、
私は初めて、はっきりと知った。
――私たちは、もう、同じ場所には立っていない。
その事実を胸にしまって、
私は、変成科の廊下へと戻った。




