変成科の朝は地味で強い
教室の前で、私は一度だけ深呼吸をした。
初日。
胸の奥が、きゅっと鳴る。
「唸れ!遺伝子!!」
気合いを入れた瞬間、扉の向こうから声が飛んできた。
「おー!朝から元気いっぱい!
教室入りたいからドアは塞ぐな~」
「わっ!すみません!」
慌てて一歩下がると、背後からくすくすと笑い声。
変成科の子たちだ。
肩の力が、少し抜けた。
中へ入る。
――広い。
段差のついた机が、後ろへ行くほど高くなっている。
前方の教壇は低く、視線が自然と集まる構造。
前世で見た“講義室”そのままの空気だ。
(前の人の頭が邪魔……にならない)
その代わり、
(寝たら一発でバレるやつ)
私は迷わず窓辺の席を選んだ。
光が入り、外が見える。
逃げ場がない分、集中するしかない。
教官が教壇に立つ。
「はい!入学おめでとう!
変成科は楽しいぞ。期待していい」
その笑顔につられて、教室の空気が一段やわらぐ。
「じゃあ今日は、変成の基礎からいこう」
派手な詠唱も、眩い光もない。
配られたのは、小さな木片と、布と、金属の欠片。
「構造を見ろ。
変える前に、知れ」
机に置かれた素材を前に、ざわっとした空気が走る。
地味。
とにかく地味。
でも、教官の声は続く。
「できないと、詰む。
戦場でも、生活でもな」
私は指先を伸ばし、木片に触れた。
両親に教わった基礎。
ラウルと何度も繰り返した魔力操作。
(構造把握、集中……)
呼吸を整える。
魔力を、薄く、均一に。
――あ。
木の繊維の流れが、頭の中でほどける。
節、密度、含んだ水分。
ほんの少しだけ、意図を与える。
ぱち、と小さな音。
木片の表面が、滑らかに変わった。
強化――いや、整形に近い。
「……」
教官の声が、止まった。
教室が、一瞬だけ静まり返る。
私は慌てて手を離した。
「あ、あの、失敗――」
「いや」
短い否定。
教官は、ゆっくりとこちらを見る。
「今の、もう一度やってみろ」
周囲の視線が集まる。
ざわざわ。
低めの評価の空気が、少し揺れた。
(や、やっちゃった?)
言われた通り、同じ操作を繰り返す。
今度は、さらに薄く。
木片は、静かに応えた。
歪みが消え、均質になる。
「……なるほど」
教官は、それ以上何も言わなかった。
ただ、頷いて次の説明に戻る。
派手さはない。
拍手もない。
でも、胸の奥で何かが、確かに動いた。
(奥、深い……)
周りの机では、失敗しても爆発しない。
割れない。
安全で、地味で、でも確実に差が出る。
生活を変える魔術。
壊さない力。
窓から差し込む光の中で、
変成科の朝は、静かに始まっていた。




