本当に欲しいもの
「私にできることとか、欲しいものとか、ある?」
その言葉が落ちた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
音もなく、でも確かに。
欲しいものなら、山ほどある。
唇を重ねたい。
身体を重ねたい。
俺を“嫁”と言った、その口で、曖昧じゃない約束が欲しい。
――全部、喉元まで来ていた。
でも、言えない。
今ここで零したら、きっと戻れなくなる。
一線を越える自信も、越えない自制も、同時に持っているのが一番厄介だった。
だから、選んだ言葉はこれだ。
「……セナの香りがついてるものかな」
我ながら、ずるい。
本音を包んで、冗談みたいにして、彼女の前に差し出す。
本当は、
布越しに残る温度とか、
洗い立ての匂いとか、
夜に思い出してしまうような、そういう――
……下着、とか。
くれたら、正直、嬉しい。
それだけで夜を越えられる気がする。
息ができる。
思考が、現実に戻れる。
もちろん、言えるわけがない。
彼女は笑って、突っ込んで、
犬か、と言って、変態みたいだと切り捨てた。
それでいい。
それが、彼女の優しさだと知っている。
それでも、外套を差し出された時、
胸の奥が静かに震えた。
これでいい。
今は、これで。
布に残る香りは、記憶に直結する。
触れなくても、触れている気がする。
離れても、離れていないと錯覚できる。
欲張りだ。
わかっている。
でも、今夜は――
言わなかった自分を、少しだけ褒めてやろうと思った。
約束は、まだ先でいい。
彼女が選ぶまで、待てる。
……下着は、欲しかったけどな。




