表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不運死する幼馴染を救ったら懐かれた  作者: ChaCha


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/193

馬車2日目

翌朝は、まだ街が完全に目覚めきる前だった。

宿の窓から差し込む光は淡く、夜の名残を引きずった空気が部屋に滞っている。


荷をまとめ、静かに外へ出る。

石畳はひんやりとしていて、靴底に伝わる感触がやけに現実的だった。


今日も馬車。

目的地は、メレク街の神殿。

そこから転送陣を使い、王立学園へ向かう。


――別々の道。


そう思っただけで、胸の奥が少しだけざわついた。


馬車に乗り込む。

昨日と同じ、はずなのに。


いつもなら、揺れに合わせて自然とラウルが背中から腕を回してくる。

それが当たり前になっていた。

抱き寄せられる感覚も、体温も。


でも。


「……今日は、向かいでいい?」


自分でも驚くほど、静かな声が出た。


ラウルが一瞬だけ瞬きをする。

それから、何も言わずに頷いた。


向かい合って座る。

膝と膝の距離は近いままなのに、姿勢が変わるだけで空気が違う。


馬車が動き出す。

ゆっくりと、規則正しい揺れ。


私は、ラウルの胸元を見る。

呼吸に合わせて、わずかに上下する。


「……どうした?」


低い声。

問い詰めるでもなく、心配しすぎるでもない。


「心臓の音、聞いていたいなって」


言葉にした瞬間、少し恥ずかしくなって視線を逸らした。

自分でも理由ははっきりしない。


ただ、確かめたかった。


生きていること。

ここにいること。


ラウルは、ほんの一拍だけ間を置いたあと、

静かに身を乗り出した。


「……近いぞ」


「知ってる」


それでも、止めない。


私は額を、そっと彼の胸に寄せた。

布越しに、確かな鼓動が伝わる。


どくん。

どくん。


一定で、強くて、少しだけ速い。


「……あるね」


当たり前のことを、わざわざ確認するみたいに呟く。


ラウルの胸が、小さく上下した。

ため息にも似た呼吸。


「なくなる予定はない」


低く、断言する声。


それが、妙に胸に沁みた。


馬車の中は静かだ。

車輪の音。

遠くで鳴く鳥の声。

朝の匂い。


昨日よりも、時間がゆっくり流れている気がする。


向かい合ったまま、何も話さない。

それでも、落ち着く。


ラウルの手が、私の手を取った。

強くもなく、弱くもなく。


「……昨日より、顔が近いな」


「背中からより、落ち着く」


「そうか」


それ以上は言わない。

でも、指先にほんの少し力が入った。


馬車が揺れて、私は自然と前のめりになる。

額が、胸に軽く当たる。


「……あ」


「揺れるからだ」


昨日と同じ言葉。

でも今日は、抱き寄せない。


代わりに、胸に手を添えられた。


心臓の音が、はっきり伝わる。

掌越しに。


どくん。

どくん。


「……早くない?」


「……気のせいだ」


即答。

でも、ほんの少しだけテンポが上がった気がした。


私は小さく笑う。


「大丈夫だよ。逃げないし」


言ったあとで、

あ、と思った。


ラウルの視線が、一瞬だけ鋭くなる。

すぐに、元の静けさに戻るけれど。


「……知ってる」


低く、ゆっくり。


「今は、な」


その一言が、なぜか胸に引っかかった。


馬車は、メレク街へ向かって進む。

遠くに、神殿の白い塔が見え始める。


転送陣。

制服。

学園。


境目が、近い。


私は、もう一度だけラウルの心臓に耳を当てた。


確かに、ここにある。

確かに、生きている。


それだけで、少しだけ安心してしまう自分がいた。


「……もうすぐだね」


「ああ」


短い返事。


馬車は揺れ続ける。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ