ラウルの適性試験
セナと別れたのは、診断棟の前だった。
「じゃ、あとでね」
そう言って手を振ったセナは、いつも通りで。
少し緊張しているくせに、平然としていて。
――それが、余計に胸に残った。
廊下を曲がると、もう姿は見えない。
(……)
一人になると、音が増える。
足音。
呼吸。
壁に反響する自分の気配。
呼ばれるまでの時間、
妙に長く感じた。
「ラウル・アインハルト」
名前を呼ばれ、部屋に入る。
ここは、二回目の試験室。
一次結果を踏まえた、再評価用の空間だ。
魔術陣は厚く、結界は多層。
――簡易じゃない。
(本気で測る気だな)
「今回は、より実戦に近い測定を行います」
試験官の声は低く、慎重だった。
「あなたは、極端に“生き残っている”」
その言葉に、わずかに眉を動かす。
「致命傷を避ける判断。
死線での反射。
恐怖下での魔力制御」
一つ一つ、淡々と並べられる。
「統計上、異常です」
……そうか。
自覚は、ある。
死にかけた回数。
覚えているだけでも、数えきれない。
それでも、生きている。
「模擬戦闘に移ります」
結界が起動する。
出現するのは、実地討伐想定の疑似魔物。
複数。
視界制限あり。
魔力干渉あり。
(いつものやつだ)
深く考えない。
身体が先に動く。
踏み込み、回避。
魔力を刃に整え、断つ。
一体。
二体。
間合いを詰められた瞬間、
無意識に“守る位置”を想定していた自分に気づく。
――後ろ。
誰もいないはずなのに。
(……セナ)
その思考が浮かんだ瞬間、
魔力が一段、鋭くなった。
結果は、圧勝だった。
結界が解除され、静寂が戻る。
「……」
試験官たちの沈黙は、評価そのものだった。
やがて、一人が口を開く。
「騎士科が、あなたを強く希望しています」
予想通りだ。
「身体能力、反射、判断力。
前線に立つための資質が揃いすぎている」
別の試験官が続ける。
「実地討伐の経験値も、異例。
“死を越えた者”として、模範になり得る」
……模範。
その言葉に、少しだけ違和感を覚える。
「だが」
今度は、魔術科側の試験官が前に出た。
「魔力の扱いが、あまりにも安定している。
攻撃魔術との親和性も高い」
譲らない、という空気。
「魔術科に来れば、
討伐班の中核になれる」
視線が集まる。
選択権は、俺にある。
「どちらも、道は用意できる」
最後に、そう告げられた。
「決めるのは、君だ。ラウル・アインハルト」
――静かだった。
頭の中で、二つの道が並ぶ。
騎士科。
前線。
剣と盾。
常に最前。
魔術科。
戦闘寄り。
魔力で壊す。
討伐班。
どちらでも、壊すことはできる。
どちらでも、守ることはできる。
でも。
(……セナ)
セナは、変成科だ。
後ろにいる。
拠点にいる。
前線ではない。
なら。
「魔術科を選びます」
即答だった。
試験官たちが、わずかに目を見開く。
「理由は?」
問われて、少しだけ考える。
そして、正直に答えた。
「……近い方が、いい」
誰に、とは言わなかった。
でも、伝わったらしい。
「討伐班への配属も、希望します」
追加で告げると、
今度は騎士科の試験官が苦く笑った。
「……欲しかったがな」
「理解します」
それだけ返す。
決まった。
壊す力。
生き残る力。
それを、
“戻る場所”の近くで使う。
それが、今の俺の選択だ。
試験室を出ると、
廊下の先に、柔らかい光が見えた。
(……早く、セナに会いたい)
まだ結果も伝えていないのに、
もう、その顔を思い浮かべている。
ラウル・アインハルトは、
そうして――
自分の進路を、
静かに、確定させた。




