重い話だった
今夜も、である。
コンコン――からの、カチャ寸前。
そして、お決まりの。
ガッ。
「……また足」
扉に挟まったそれは、逃げる気のない主張だった。
「好きにして良いって言った!」
低い声。切実。
勢いだけは満点。
「毎日とは言ってない」
私は冷静だ。
冷静であろうとしている。
「翌朝、俺、変死体になってるかもしれないよ!?」
「急に脅してきた!」
どういう論理の飛躍なの。
夜は人を弱くするとは聞くけれど、これは弱さの方向性が違う。
……チッ。
「なかなか抱き枕から卒業できないな」
呟いた瞬間、ラウルの肩が小さく跳ねた。
「じゃあ、隠さずに」
私は扉を少しだけ開けて、真正面から向き合う。
廊下の灯りが、二人の間に薄く線を引く。
「じっと目を見る。……ほら」
指を伸ばして、彼を指した。
「ぶっちゃけなさい!」
「……っ」
ラウルが、分かりやすくびくっとした。
「ほらー! だからもう一緒に寝ない!」
言った私のほうが、少し胸が痛い。
「違うんだって! ちょっとは……そうだけど……違う!」
言い淀む。
視線が泳ぐ。
指先が、無意識に服を握る。
「話すから……」
……そこからが長い。
沈黙が、夜の音を際立たせる。
遠くで鳴る虫の声。
家がきしむ小さな音。
「……ラウル。話しにくいなら、寝ようか」
そう言うと、彼は一度、深く息を吸った。
「……こんな話は、重いかもしれないけど」
声が、落ちる。
「泉で……」
そこから先は、笑えなかった。
彼の言葉は、途切れ途切れで、
順番も前後して、
それでも、ひとつの輪郭を形作っていく。
夢。
悪夢。
息ができない感覚。
冷たさ。
痛み。
わけが分からないまま、終わりが近づく感覚。
そして――
毎回、そこに現れる「ぁうぅ」「あえ」という、意味にならない音。
彼は、淡々と話した。
感情を抑えた声で。
でも、時々、言葉が詰まる。
赤子の頃、何度も死にかけたこと。
多い日は、一日に何度も。
そのたびに、引き戻されたこと。
「……俺さ」
ラウルは、少しだけ苦く笑った。
「助けられた、って自覚があるうちは、まだよかった」
「でも……」
言葉を探す沈黙。
「気づいたら、“戻る場所”が、君になってた」
胸の奥が、静かに鳴った。
私は、彼が語る“死の縁”を、
自分の記憶と重ねる。
――角にぶつかりそうな頭に、伸ばした手。
――水辺で、引き戻した腕。
――熱いものから、叩き落とした小さな手。
(……ちゃんと、救えてたんだ)
そう思った瞬間、
胸に、じんわりとした重みが広がった。
私は、何も言わずに一歩近づく。
そして、ぎゅっと抱きしめた。
強くない。
でも、離れない。
「大切な幼馴染だからね」
その言葉は、
慰めでも、約束でもなく、
事実として、そこにあった。
ラウルの体が、少しだけ緩む。
「……重い話で、ごめん」
「ううん」
私は首を振る。
「重いけど……必要だった」
抱きしめたまま、ゆっくり息を合わせる。
深く、深く。
まるで、心の奥に溜まっていたものを、
一緒に吐き出すみたいに。
(……なるほど)
これは、抱き枕化するよね。
“御守り”だ。
夜に、無意識に確かめるための。
ちゃんと生きている、という実感のための。
私は、その意味を、今夜ようやく理解した。
「……ね」
「ん?」
「一緒に寝るの、今夜はいいよ」
条件付きでも、突き放しでもない。
ただ、今夜の選択。
ラウルは、何も言わずに頷いた。
布団に入る。
距離は、いつもより少しだけ、慎重だ。
「おやすみ」
「……おやすみ」
夜は、静かだった。




