表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不運死する幼馴染を救ったら懐かれた  作者: ChaCha


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/193

俺を呼び戻す声

静かに、深く、俺はそのまま目を閉じた。


眠りは、底へ落ちるものだった。


暗闇が広がる。

いや、違う。広がるんじゃない。

押し潰してくる。


空気が重い。喉に貼りつく。

息を吸っているはずなのに、肺に届かない。


(……なんだ、これ)


胸が軋む。

内側から膨らもうとして、膨らめない。

体が小さい。小さすぎる。

この体で、どうやって息を続ければいい?


手足が勝手にばたつく。

何かを掴もうとして、何も掴めない。

視界が白く滲み、次の瞬間、暗く沈む。


苦しい。

痛い。

わけがわからない。


何が起きた。

どうして。

母さん――


母さん母さん母さん母さん。


呼びたいのに、声にならない。

喉が閉じる。舌が動かない。

泣こうとするほど、空気が抜けていく。


(……死ぬ)


理解だけが先に来る。

赤子の頭でも、なぜかそれだけは分かる。

この感覚は、終わりだ。


その瞬間。


「ぁうぅ!」


音が、闇を裂いた。


意味のある言葉じゃない。

でも、俺の名だと分かる。


視界が揺れる。

濁った闇に、光が差し込む。


小さな影が、必死に動いている。

俺の胸を叩く。背中を押す。

力は弱いのに、迷いがない。


「ぁ……あえ!」


短い声。切羽詰まった音。

息をしろと、命じている。


ごほ、と喉が痙攣する。

ぬるい液体を吐き出し、次の瞬間、肺が空気を貪った。


吸える。

吸える。

吸える。


喉が焼けるように痛い。

胸が上下する。

痛みがある。——生きている。


近くに、顔がある。

赤子の顔。

なのに、目だけが異様に真剣だ。


泣いていない。

でも、指先が震えている。


俺が咳き込むたび、

その小さな手が、何度も背中を叩く。


「ぁ゛ーっ!」


強い音。

叱るみたいな、怒った声。


——死ぬな。


そう言われたと、俺は理解した。


世界が、戻る。


……一度目だ。


夢は、容赦なく次へ飛ぶ。


段差。

硬い床。

視界が反転し、鈍い衝撃が頭を打つ。


痛みが遅れて広がる。

泣こうとして、喉が詰まる。


「ぁうっ!」


短い叫び。

セナが俺の額に触れる。

血は見えないのに、熱だけが広がるのを、

その小さな手が正確に押さえる。


周囲を見回す。

助けを呼ぶために、視線を走らせる。


赤子の動きじゃない。

判断が早すぎる。


また、世界が繋がる。


次。


冷たい。

水。

耳の奥まで水音。


鼻から入る。口から入る。

体が沈む。

腕が動かない。足が届かない。


(沈む……)


「ぁう゛ーーっ!」


水面が割れる。

セナの手が、俺の腕を掴む。

細いのに、異様な力で引く。


引き上げられ、

何度も咳き込み、喉が焼ける。


「ぁ……あえ!」


吐け。息をしろ。


背中を叩くリズムが、正確だ。

迷いがない。

泣かない。

助けることに集中している。


次。


火。

熱。

肌がひりつく。


手を伸ばした先に、熱いもの。

倒れる音。


「あ゛っ!」


強い声。

触るな、という意味だと、俺は理解する。


水の音。

冷たい感触。


痛みは残る。

でも、命は残る。


——こうして。


一度ではない。

二度でもない。


多い日には、一日に八回。


呼吸が止まりそうになるたび、

世界が終わりそうになるたび、

セナは先に気づく。


俺が泣く前に。

俺が倒れる前に。

俺が沈む前に。

俺が静かになる前に。


セナが動く。


声は拙い。

言葉にならない。

それでも、意味は外さない。


命を引き戻すための動きだけが、

異常なほど正確だ。


そのたび、俺の体は覚える。


——ここが安全だ。

——この音が、戻り道だ。


恐怖で跳ね上がった心拍が、

セナの気配で落ち着く。


喉が閉じても、

肺が止まりかけても、

セナがいると、体が戻る。


それは恋じゃない。

感謝でもない。


もっと下だ。

生きるための反射だ。


俺の生存回路は、

何度も何度も、セナを出口として書き換えられた。


だから、今。


夢の中で、また闇が迫る。

喉が塞がる。

胸が潰れる。


——セナ。


声にならない。

でも、呼んでしまう。


「……ぁう」


小さな音。


セナがいる。

光でも、奇跡でもない。


ただ、いつもの顔で、

俺の頬を両手で挟む。


「ぁ……あえ」


戻れ。

生きろ。


その意味だけが、

はっきり伝わる。


息が入る。

空気が肺に落ちる。

胸が動く。


——生きている。


そこで、夢は終わった。


現実の暗闇で、俺は息を吸った。

喉が痛い。胸が重い。背中が汗で冷たい。


隣を見る。


セナが眠っている。

穏やかな寝息。

俺の腕の中に、当たり前みたいにいる。


……当たり前じゃない。


八十年分の死に際が、

この距離を作った。


執着じゃない。

必然だ。


俺は、そっと指先を握る。

強くはしない。

でも、確かめる。


ここにいる。

生きている。


——次の夜、話さなきゃいけない。


赤子だった頃のことを。

俺が何度死にかけて、

どれだけ引き戻されたかを。


今は、まだ言わない。


セナの朝を、変えたくないから。


俺は静かに息を整え、

彼女の呼吸を数えながら、

もう一度、目を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ