愛しい宝物
「……百年じゃなくて、三百年でもいいかもしれない……」
腕の中にある温もりに、思わず本音が零れた。
小さくて、重い。
柔らかくて、むちっとしていて、
抱き上げるたびに、確かな生命の重みが伝わってくる。
――可愛すぎる。
これはもう、宝物という言葉ですら足りない。
赤子特有の、ぷにりとした感触。
指に吸いつくような頬。
ほんのりと香るミルクの匂い。
温かくて、ずっしりしていて、
この腕から離したくないと思わせる、圧倒的存在感。
「……永久保存したい……」
本気で。
「我が子が、愛しすぎる!!」
感極まって宣言すると、横から淡々とした声が落ちてきた。
「明日は成人式だな」
「……は?」
抱き締める腕に、思わず力がこもる。
「急成長、ほんと怖い……。
このまま成人式を、こっそり逃げれば……」
視線を逸らしながら呟くと、すぐ隣でため息。
「やれやれ」
その声は、完全に諦めモードだ。
「ヴィンが困ってるぞ」
「私の愛しいヴィンセントは困らない」
即答。
腕の中の宝物が、むにっと動いた。
小さな手が、服の布を掴む。
……はい、優勝。
「ほら、見て。
私の服、掴んでる。
離れたくないって言ってる」
「言ってない」
「言ってる」
真剣な主張だ。
それでも。
時間は、無慈悲だ。
⸻
神殿。
白い石の床。
静かな空気。
見慣れたはずなのに、今日はやけに胸に来る。
「ああ……」
思わず声が漏れた。
神官に、優しく、でも容赦なく連れていかれる流れ。
「次に会えるのは、義務教育を終えた一年後ですね」
にこやかに言われて、心がぎゅっと縮む。
「……一年……」
長い。
とても、長い。
「寂しい……」
正直な気持ちが、そのまま言葉になった。
その瞬間、肩に重み。
腕が回ってくる。
「俺がいる」
短くて、揺れない声。
隣を見ると、変わらない眼差しがそこにあった。
――そうだった。
この人も、宝物だ。
一度は壊れて、
遠回りして、
それでもここまで来た。
「……ねえ」
「なに」
「ヴィンが戻ってきたら、また抱っこ争奪戦になるよ」
「負けない」
即答だった。
神官の足音が遠ざかる。
小さな背中が、光の向こうへ消えていく。
胸が、きゅっと締め付けられる。
でも。
腕の中の温度と、隣の存在が、確かにここにある。
「……大丈夫だね」
「大丈夫だ」
手を握り合う。
愛しい宝物は、今は離れていくけれど。
帰る場所は、ちゃんとある。
そう思えるから――
涙は、こぼさずに済んだ。
この世界は、相変わらず騒がしくて、
時々理不尽で、
でも。
愛しすぎるものを、ちゃんと守れる場所になった。
それだけで、十分だった。




