好きにすれば?
魔術の第一歩は、今日も静かだ。
床に座り、背筋を伸ばし、目を閉じる。
呼吸に意識を置いて、内側へ、内側へ。
(……感じる……)
胸の奥が、ほんのり温かい。
これかな、と思った瞬間――
ぐぅ~~~。
「……それは、腹の虫だな」
横から、落ち着いた声。
「自分が一番わかってる!」
反射的に返すと、
ラウルは小さく肩を揺らした。
「今、確かに“感じた”ね」
「違うから!」
気づけば、窓の外は夕方の色だ。
一日が、あっという間に溶けていく。
でも、私たちは長命種。
時間は、たっぷりある。
百年赤子をやっていた頃、
暇つぶしに特訓……なんて言えたらよかったけれど。
実際は、そんな余裕もなかった。
ラウル救出で、地味に忙しかったから。
うん。
忙しかった。
「晩ご飯、なにかなー!」
卓に並ぶ料理。
湯気と匂いが、空腹を直撃する。
もぐもぐ。
ラウルは、自然な手つきで皿を寄せ、
水を注ぎ、取り分ける。
……さすが、嫁。
「嫁が優秀すぎる……好き」
ぽつりと零すと、
ラウルの肩が、くすっと揺れた。
食後のティータイム。
私の好きなフィナンシェが、当たり前みたいに添えられる。
この“当たり前”が、少しずつ増えている。
お風呂に入って、
歯を磨いて、
寝支度。
さぁ、寝るぞー!
三。
二。
一。
……。
……あれ?
来ない。
今日は、別かな。
ベッドへ、だーいぶ。
このふわふわ感が、たまりま――
コンコンコン。
……タイミング。
はぁ。
「はーい、ちょっと待ってー」
カチャ。
笑顔のラウルが、立っている。
「きちゃった」
扉を閉めようとした、その瞬間。
ガッ。
足。
「俺を締め出すとか、ひどいよ」
攻防が、数回。
押して、引いて、
どちらも本気じゃない力加減。
「もー!
好きにすれば?」
口を尖らせて言う。
……なんだよ、もう。
抱き枕、確定かよ。
ぶつぶつ。
ベッドに戻って、布団を整える。
「ほら。
入るんでしょ? 早く来て」
ラウルが、息を飲むのがわかった。
「……本当に、好きにしていいの?」
「寝るの、寝ないの、どっち?」
「一緒に寝る!」
即答。
「言っておくけど、今だけだからね」
いずれ家を出て、寮に入れば、離れる。
だから、今だけ。
はー、疲れた。
寝よ、寝よ。
「君に……」
「やめーい!!」
笑って、押して、
布団が少しずれる。
もう、限界。
今日も、瞼が重い。
「おやすみ、セナ」
低い声。
唇が、そっと触れる。
それから、首元へも――
もう一つ、静かな感触。
沈んでいく意識の中で、
私は思った。
……増えた?
確かめる前に、
眠りが、すべてを包んだ。




