シアンとファルケ
昼の食堂は、相変わらず賑やかだった。
食器の触れ合う音。
笑い声。
魔力を使い切った後の、少し気の抜けた空気。
その中で、シアンはトレーを持ったまま、きょろきょろと視線を巡らせていた。
「あ、いた!」
迷いのない足取りで向かった先。
窓際の席。
すでに座っていたファルケは、
いつものように背筋を伸ばし、無駄のない所作で食事をしている。
「おまたせー!」
シアンが向かいに腰を下ろすと、
ファルケは一瞬だけ顔を上げて、短く頷いた。
「ん」
それだけ。
それだけなのに、
シアンは満足そうに笑う。
「今日ね、調味料の配合ミスって、ちょっと焦ったんだよー」
明るい声。
身振り手振り。
ファルケは黙って聞きながら、
自分の皿から、焼き野菜を一切れ取り分けた。
シアンの皿へ、自然に置く。
「……塩、強かった」
「え、わかる? さすが構造担当!」
褒められても、表情はほとんど変わらない。
けれど、シアンの皿を見る視線だけが、少し柔らぐ。
「ファルケはさー、ほんと観察力すごいよね」
「必要だから」
低く、短い声。
「必要?」
「……シアンが、気づかないから」
一瞬。
シアンは目を瞬いて、
次の瞬間、ふっと笑った。
「なにそれ、世話焼き!」
嬉しそうだ。
スープを一口飲んで、
そのまま、何気なくファルケの腕に自分の肘が触れる。
触れたまま、離れない。
ファルケは、それを避けない。
むしろ、ほんのわずか、距離を詰める。
「……疲れてる?」
「んー、ちょっとだけ」
シアンが肩をすくめる。
「でも大丈夫。だって、今こうしてるし」
理由にならない理由。
けれど、ファルケは否定しない。
代わりに、スープ皿を引き寄せて言った。
「冷める」
「はいはい」
言われた通りに、スプーンを取るシアン。
その仕草を見ながら、
ファルケは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
周囲の視線。
ひそひそ声。
「あの二人、最近一緒だよね」
「付き合ってるんでしょ」
そんな囁きが聞こえても、
二人は気にしない。
手を繋ぐことも、
寄り添うこともない。
ただ、
皿を分け合い、
沈黙を共有し、
必要な距離を、正確に知っている。
シアンが、不意に顔を近づけた。
「ね、今日の夜――」
言いかけて、
にやっと笑う。
「……続き、ね」
ファルケは一瞬、動きを止めてから、
「……ああ」
それだけ答えた。
短い。
けれど、十分だった。
シアンは満足そうにスープを飲み干し、
「ごちそうさま!」と元気よく言う。
ファルケも、同じタイミングで立ち上がる。
二人並んで、食堂を出る。
肩が、ほんの少しだけ触れる距離。
それは、恋人たちの、
静かで確かな日常だった。




