恋に溺れた私の禁断生活
教官が読んでいた恋愛小説の表紙が、頭から離れなかった。
――タイトルが、強すぎた。
夜。
自室の灯りを落として、ベッドに横になる。
指先で頁をめくるたび、紙の音がやけに大きく感じられる。
……だめだ。
これ、思ったよりハマる。
言葉が、熱を帯びている。
比喩が、露骨で、回りくどくて、なのに刺さる。
(こんな言い回し、実在するの……?)
胸の奥が、じわっと温かくなる。
視線が行き場を失って、文字の行間を彷徨う。
――その時。
耳元に、落ちてきた。
低くて、熱を含んだ声。
「……君に溺れてる。その蕾を、俺のために開いて……」
「ぎゃあーーーー!!」
思わず、声が裏返った。
本を落としそうになって、慌てて抱え込む。
心臓が、ばくばくとうるさい。
いつの間にか、シャワーを終えていたらしい。
背後に立つ気配。
湿った髪から、湯気と体温が混じった匂い。
「ははっ……くくく……」
喉の奥で笑う音が、近い。
「ちょっと! ほんとやめてよ!」
振り返ると、満足そうな顔。
目が、完全に楽しんでいる。
「誰の声を当てはめて、読んでる?」
問われて、視線が泳ぐ。
「……な、何のこと?」
誤魔化しは、即座に見抜かれた。
「俺の声で、感じてほしい」
その言い方が、ずるい。
拒否する余地を、最初から与えない。
私は、ぱたん、と栞を挟んで本を閉じた。
「……もう毎日、ラウルに感じてます」
言ってから、しまった、と思う。
でも、もう遅い。
彼は、ゆっくりと目を細めた。
「いい」
その一言が、やけに重い。
「もっと」
距離が詰まる。
影が、重なる。
「俺に、溺れろ」
囁きが、耳の奥で残響する。
反論するはずだった。
冷静でいるつもりだった。
なのに。
言葉が、出てこない。
胸の鼓動が、うるさすぎて。
視界が、狭くなる。
夜は、静かに、更けていく。
ページの続きを読めないまま、
眠れないまま。
――恋に溺れる生活は、
思っていたより、ずっと禁断で。
そして、抗いがたいものだった。




