魔術の初歩、現実は地味
魔術の初歩。
それは、杖を振ったり、詠唱したり、光がばーん!と出たり――
……しない。
まったく、しない。
私は今、床に座っている。
背筋を伸ばして、目を閉じて、両手は膝の上。
静か。
静かすぎる。
(……無)
まずは、雑念を消す。
……無。
……。
(今日のお昼、美味しかったな)
だめだ。
(本屋で見た、あの棚……)
だめだめだ。
(ラウルの声、低くて……)
――だめだ!!
深呼吸。
吸って。
止めて。
吐く。
ゆっくり。
一定のリズムで。
神殿で教わったやり方に、本で読んだ内容を足す。
呼吸に合わせて、身体の中を巡る“何か”を想像する。
胸から、腕へ。
指先へ。
足元へ。
(……魔力、魔力……)
イメージは、する。
するけど。
ぽっ。
……。
もう一回。
ぽっ。
……。
さらに、集中。
ぽっ。
……。
何も起きない。
「まぁ……発動するわけ、ないよね」
独り言が、部屋に落ちる。
そんなに簡単にできたら、
学園なんて存在しない。
魔術は、地味だ。
びっくりするくらい、地味だ。
黙って、呼吸。
黙って、想像。
黙って、失敗。
……つらい。
そんな私の様子を、
少し離れたところで見ていたラウルが、ぽつりと言う。
「さっきから、手を開いたり閉じたりしてるけど」
一拍。
「……可愛いね」
地味に、ダメージ。
「今それ言う!?」
集中が、完全に切れた。
「お母さーん!
助けてー!」
叫ぶと、すぐに足音が近づいてくる。
「もちろんよ~」
母は、にこにこしながら私の前に座った。
「最初はね、
“できない自分”に慣れるところからなの」
「え、そこから?」
「そう。
魔術って、才能より根気なのよ」
父も、腕を組んで頷く。
「自分の意識を思った通りに動かすのは、
思考よりずっと難しい」
なるほど。
つまりこれは、
派手さゼロの自己研鑽。
「ほら、もう一回。
今日は“感じる”だけでいいわ」
母の声に従って、もう一度目を閉じる。
呼吸。
想像。
巡る、はずの何か。
……。
……あれ?
さっきより、
ほんの少しだけ。
身体の奥が、あったかい。
「……あ」
声に出すと、
すぐに消えた。
母が、満足そうに笑う。
「今のよ」
「今の!?」
「続ければ、ちゃんと育つわ」
地味だけど。
すぐには光らないけど。
でも。
「……楽しいかも」
思わず、そう呟いた。
ラウルが、後ろから小さく笑う。
「顔、真剣だった」
「見ないでよ!」
でも、
見られても、いい。
こうして、何も起きない時間を積み重ねるのが、
魔術の第一歩らしい。
派手じゃない。
即効性もない。
けれど。
確かに、
何かが、始まっている気がした。




