満たされた夜
夜は、まだ終わっていなかった。
灯りを落とした部屋に、かすかな呼吸音だけが残っている。
腕の中にある温度が、確かで、逃げようのない重さで、
胸に触れていた。
――いる。
それだけで、息が楽になる。
セナは、眠っている。
でも完全に落ちきってはいない。
吐息が、時々、乱れる。
胸が小さく上下するたび、熱が伝わってくる。
その熱を、俺は、逃がさないように抱いていた。
強く抱き締めることはしない。
離れない程度に、確実に。
腰に回した腕。
背に添えた手。
指先が、無意識に、同じ場所をなぞっている。
癖だ。
――もう、完全に。
セナの反応は、全部、覚えてしまった。
名前を呼ぶ前の、息の詰まり方。
触れられた瞬間の、小さな震え。
我慢しようとして、逆に漏れてしまう吐息。
どれも、頭から離れない。
耳元で、かすかに声が洩れる。
「……」
言葉にならない音。
それだけで、胸の奥が満たされていく。
ああ、そうか。
俺はもう、
奪う側でも、焦る側でもない。
ここに、ある。
腕の中で、熱を残したまま。
指先が、無意識に動いてしまう。
首元に触れそうになって、止める。
――起こさない。
それだけは、守る。
眠るセナの額に、そっと額を寄せる。
呼吸を合わせる。
まだ、身体の奥に残っている余韻が、
ゆっくりと、満足に変わっていく。
「……大丈夫」
誰に言うでもなく、呟いた。
セナは、俺の腕の中で、少しだけ身じろぎする。
その拍子に、熱が、さらに近くなる。
吐息が、首元にかかる。
それだけで、胸が締めつけられる。
――これだ。
欲しかったのは。
証でも、約束でも、言葉でもない。
この距離。
この重さ。
この、逃げ場のなさ。
俺は、セナの髪に顔を埋める。
香りを、深く吸い込む。
もう、代わりはいらない。
最初から、必要なかった。
この夜で、はっきりした。
満たされるというのは、
手に入れることじゃない。
失わないと、決めることだ。
だから。
朝になっても、
目を覚ましても、
この腕は、解かない。
静かに。
確実に。
――セナが、ここにいる限り。




