戦後処理と沈黙
戦場は、片付けられていった。
魔物の死骸。
砕けた地面。
焦げた樹皮。
あれほど騒がしかった場所が、
まるで嘘のように、静かになっていく。
撤退完了。
被害報告。
点呼。
教官たちの声が、遠い。
私は――
動けなかった。
座り込んだまま、
まだ温度の残る血の跡を、ただ見ていた。
「……セナ?」
誰かに声をかけられた気がする。
でも、返事はできなかった。
視界の端で、
治癒魔術科が、ラウルを運んでいく。
担架。
布。
応急処置の名残。
生きている。
それは、理解している。
理解しているのに。
――身体が、言うことをきかない。
呼吸はできている。
意識も、はっきりしている。
それなのに。
指先が、震え始めた。
最初は、小さく。
誰にも気づかれないくらい。
次第に、
腕。
肩。
背中。
止まらない。
「……あ」
そこで、ようやく気づいた。
遅れてきた。
怖かった、という感情が。
死を、覚悟した瞬間。
ラウルが倒れた光景。
血の色。
呼吸の音。
全部。
一気に、押し寄せてくる。
喉が、詰まる。
声を出そうとすると、
何かが込み上げてきて、
逆に、息が浅くなる。
――泣いているのかもしれない。
でも、涙は出なかった。
ただ、震えるだけ。
誰かが、毛布を掛けてくれた。
「……大丈夫だよ」
「よくやった」
優しい声。
そのどれもが、
今は、刺さる。
「……ごめんなさい」
ぽつりと、零れた。
何に対しての謝罪なのか、
自分でも、わからない。
助けられたこと?
生きていること?
生かしてしまったこと?
「セナ」
聞き慣れた声。
振り向くと、
A班のみんなが、少し距離を取って立っていた。
心配と、
どう声をかけていいかわからない顔。
……当たり前だ。
私だって、
どうすればいいかわからない。
「……大丈夫」
言葉だけは、出た。
でも、説得力は、ない。
身体が、正直すぎる。
震えは、止まらない。
誰かが、私の背中に手を当てた。
「今は、座ってて」
「後は、任せよう」
命令じゃない。
配慮だ。
それが、余計に、胸に来る。
私は、
みんなを守る側でいたかった。
族長で。
オカンで。
支える役で。
それなのに。
一番、壊れそうなのが、
自分だなんて。
夜。
仮設の野営地。
焚き火の音が、規則正しく鳴る。
食事の配給。
治療の続き。
全部、進んでいる。
世界は、ちゃんと回っている。
……私だけを、置いて。
テントの端で、
膝を抱えて座る。
毛布に包まれても、
寒さは、引かない。
ラウルは、
まだ戻ってきていない。
治癒の最中だ。
それも、理解している。
それでも。
胸の奥が、
空いたまま。
さっき交わした約束が、
現実だったのか、
幻だったのか。
確かめる術が、ない。
――結婚してくれ。
――受けてあげる。
戦場で交わした言葉は、
あまりにも重くて。
今になって、
やっと、その重さが、
身体に追いついてきた。
震えが、止まらない。
私は、両手を強く握りしめた。
逃げない。
約束した。
だから。
今は、この震えを、
全部、受け止める。
生き残った者として。
夫になった者として。
そして――
まだ、
泣いてもいない、
ひとりの人間として。
焚き火の向こうで、
誰かが、名前を呼んだ。
「……セナ」
顔を上げる。
夜は、まだ、深い。




