雪が積もってる我が家
馬車を降りた瞬間、空気が変わった。
――白い。
一面、白。
音が吸われたみたいに静かで、吐く息がやけに目立つ。
「……え?」
一歩、前に出る。
もう一歩。
視界の先にあるはずの――
見慣れた屋根。
いつもの門。
あの庭。
……ない。
「……ちょっと待って」
首を傾げて、目を凝らす。
白い。
白い。
白い。
そして、違和感。
――盛り上がってる。
雪の山。
不自然な隆起。
その下に、形がある。
「……我が家?」
次の瞬間、理解した。
「我が家が……雪で埋もれてる!!!」
反射的に叫んでいた。
ラウルが一歩遅れて、視線を巡らせる。
表情が一瞬、固まった。
「……これは」
「笑えないやつ!」
倒壊、という単語が頭をよぎる。
屋根。
梁。
積雪荷重。
――やばい。
考えるより先に、体が動いた。
「唸れ! 遺伝子!!!」
両手を広げ、魔術式を一気に展開。
雪をどかす?
違う。
今は“守る”。
基礎。
柱。
壁。
構造強化の式を重ね、
圧を分散させ、
耐寒・耐荷重を一時的に引き上げる。
雪はそのまま。
家だけを、内側から守る。
「……よし!」
はぁ、と息を吐いた。
遅れて、玄関の扉が軋みながら開く。
「ただいまー!!」
声が、いつもより大きく響いた。
「おかえりなさい」
すぐ返ってくる、変わらない声。
中に入った瞬間、
外の冷気が嘘みたいに薄れる。
あったかい。
この温度。
この匂い。
――帰ってきた。
居間に進んで、
そこで、はっとする。
母の姿。
……お腹が。
「……大きくなってる」
思わず声が漏れた。
母は笑って、そっとお腹に手を当てる。
「そりゃそうよ。もう、かなり経ってるもの」
「……春には?」
「ええ」
春。
その言葉だけで、胸がふわっとする。
「……私、お姉ちゃんじゃん」
自覚した瞬間、じわじわ来た。
守る対象が、増える。
大切なものが、また増える。
父が後ろで、軽く咳払いをする。
「雪の量を見た時は、正直焦ったぞ」
「だよね!? 私も一瞬、血の気引いた!」
「だが、戻ってきてくれて助かった」
そう言われると、胸を張りたくなる。
その横で、少し遅れて、丁寧な声。
「……お世話になります」
ラウルだった。
一瞬、空気が止まる。
両親が顔を見合わせて、
揃って小さく笑った。
「そこは、まだ……ただいま、だろう?」
「……」
ラウルが、わずかに目を伏せる。
「……ただいま、です」
その声は、少しだけ硬くて、
でも、逃げてはいなかった。
横で聞いていた私は、思わず口を挟む。
「まだ!?」
母が肩をすくめる。
「まだよ」
父も頷く。
「“お世話になります”を言うには、早い」
ラウルが一瞬、固まってから、
ほんのわずかに息を吐いた。
「……はい」
そのやり取りを見て、
胸の奥が、少しだけくすぐったくなる。
雪に埋もれた家。
強化された屋根。
大きくなったお腹。
春を待つ命。
そして、
「ただいま」と言える場所。
外は真っ白で、寒いのに。
この家の中だけは、
確かに、あたたかかった。




