聖誕祭前日
朝の空気が、どこか浮ついていた。
窓を開けると、冷えた風の中に甘い匂いが混じっている。
街が、聖誕祭の前日だと主張してくる匂いだ。
「今日は、A班で祝うんだよね!」
弾んだ声が背中を押す。
集まるのは、いつもの顔ぶれ。
だけど、いつもと少しだけ違う。
街へ向かう道は賑やかで、屋台の準備が進んでいる。
色とりどりの布、灯り、甘い菓子の匂い。
歩くだけで、心が引っ張られる。
昼食は、少し背伸びしたレストランだった。
丸いテーブル。
並ぶ皿。
それぞれの好物。
「それ、ちょっとちょうだい」
「いいよ、代わりにそれ」
自然に交換される料理。
笑い声。
箸がぶつかる音。
――楽しい。
楽しい、はずなのに。
ふとした瞬間、胸の奥に影が落ちる。
ラウルの顔が、勝手に浮かぶ。
(今日は、考えない)
そう自分に言い聞かせて、笑顔を作る。
日が傾き始めるころ、私たちは寮へ向かって歩いた。
空がオレンジ色に染まり、影が長く伸びる。
途中、二人が立ち止まった。
「私たちは、ここで!」
弾む声。
肩を寄せる仕草。
隣で、寡黙な相棒が手を挙げて、短く別れを告げる。
――ああ。
今夜は、深い夜になるんだろうな。
心の中でそっと思って、視線を逸らした。
残されたのは、私とレック。
「えーっと……」
少しだけ、間の抜けた声。
「俺たちは、どうする?」
問いかけは軽い。
でも、その裏にある期待が、わかってしまう。
私は、勢いで言った。
「呑み明かそうか!」
自分でも驚くほど、即答だった。
初めてのBAR。
木の扉を押すと、低い灯りと静かな音楽。
甘い酒の匂いが、鼻をくすぐる。
――この世界に来て、初めてのお酒。
グラスを傾けて、喉を通る熱に目を瞬かせる。
「……強くない?」
「たぶん」
笑って、また一口。
でも。
酔った勢いで、どうこうなんて――無理だった。
むしろ、逆。
「……あれ?」
気づいた時には、レックの言葉が曖昧になっていた。
「ちょ、ちょっと飲みすぎ……」
肩を貸す。
ふらつく足取り。
「ごめん……」
ぽつりと落ちた謝罪が、やけに重い。
「許してください……」
冗談めかして言ったけれど、胸は痛かった。
寮までの道は、静かだった。
夜の風が冷たい。
ようやく部屋の前まで送り届けて、深く息を吐く。
――何も、起きなかった。
それでいい。
今の私には、それでいい。
自室に戻り、シャワーを浴びて、寝支度を整える。
灯りを落とした部屋は、静まり返っていた。
ベッドに腰を下ろして、枕を抱きしめる。
無意識に、力が入る。
……ラウル。
香りのない布なのに、
胸がきゅっと締めつけられる。
明日こそは。
明日こそは、
ちゃんと、レックに伝えなきゃ。
逃げない。
誤魔化さない。
そう決めて、目を閉じた。
聖誕祭の前夜は、
静かで、やけに長かった。




