上級生の凄さ
夜の森は、まだざわついていた。
赤い緊急信号が消えたあとも、
空気は張りつめたまま。
焚き火の火は弱く、霧が低く漂っている。
――その霧を、切り裂くように。
「下がれ!」
短く、低い声が響いた。
次の瞬間だった。
影が、跳んだ。
速い。
迷いがない。
鎧が擦れる音。
剣が抜かれる金属音。
――騎士科。
上級生たちが、森の奥から一気に踏み込んできた。
「前列、押さえろ!」
「左、囲め!」
「魔力反応、そっちだ!」
言葉は少ない。
でも、全員が即座に動く。
連携が、完成している。
魔物が吠える。
牙を剥く。
だが、次の瞬間。
――ドンッ!!
重い衝撃音。
巨大な魔物が、
地面に叩き伏せられた。
「……え?」
誰かの声が、間の抜けた音で漏れた。
さっきまで、
あれほど手こずっていた相手だ。
なのに。
剣は、一閃。
盾は、確実に受け。
隙を逃さず、急所を突く。
無駄が、ない。
「……化け物じゃん」
シアンが、ぽつりと呟いた。
ファルケが、無言で頷く。
「うん」
「化け物だね」
否定できない。
変成科が、
地形を歪め、霧を張り、
必死で時間を稼いでいた相手を。
騎士科の上級生は、
仕事の一部のように処理していく。
「後方、安全確認!」
「治癒、入れ!」
その声に応じて、
白と淡い緑の光が走った。
治癒魔術科。
こちらも、速い。
倒れた者を見つけると、
迷わず駆け寄り、
即座に状態を把握する。
「出血止まってます」
「魔力枯渇、軽度」
「大丈夫、歩けるわよ」
声が、落ち着いている。
焦りがない。
その手が触れた瞬間、
じんわりと、痛みが引いていく。
「……生き返る……」
レックが、思わず本音を漏らした。
「まだ生きてるよ」
セナは苦笑する。
でも、わかる。
それくらい、安心感があった。
魔物が、最後の一体を残して倒れた時。
夜の森に、静寂が戻った。
風が、木々を揺らす音だけが残る。
「状況確認」
一人の騎士科の先輩が、こちらを見る。
年上だ。
視線が、鋭い。
でも、責める気配はない。
「変成科、よく持ちこたえたな」
その一言で。
胸の奥が、じわっと熱くなった。
「……ありがとうございます」
誰かが、深く頭を下げる。
それに続いて、
次々と頭が下がった。
騎士科の先輩は、少しだけ口元を緩めた。
「判断、悪くなかった」
「緊急信号も、正解だ」
短い評価。
それだけで、
十分すぎた。
焚き火が、再び強くなる。
治癒魔術科が、最後の確認をして回る。
「無理しないでね」
「今日はもう休みなさい」
その声は、柔らかい。
さっきまでの恐怖が、
少しずつ、現実に引き戻されていく。
「……すごかったな」
シアンが、ぼんやり言う。
「うん」
レックが、遠くを見る。
「俺たち、まだまだだ」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
セナは、焚き火の火を見つめながら思う。
強さって、
ただ前に立つことじゃない。
判断。
連携。
迷わない覚悟。
そして――
自分の役割を、正確に知っていること。
騎士科は、斬る。
治癒魔術科は、支える。
変成科は、環境を整える。
どれが欠けても、
今日の夜は越えられなかった。
「……もっと、勉強しよう」
ぽつりと、口に出た。
「だね」
ファルケが、短く答える。
「生き延びるためにも」
冗談めかした言葉なのに、
誰も笑わなかった。
それが、この訓練の重さだった。
上級生たちは、
淡々と撤収準備を進めている。
背中が、遠ざかる。
――ああ。
追いつきたい。
追い越したい、じゃない。
あの背中に、
並んで立てるようになりたい。
セナは、そう思った。
夜の森で。
変成科A班は、
もう一段、真剣になることを決めた。
命がかかっている場所で、
学ぶということの意味を。
この夜、
はっきりと、知ってしまったから。




