戦闘魔術科の優等生
夏季休暇が明けてから、
俺の評価は、目に見えて変わった。
魔術の精度。
詠唱速度。
戦術判断。
どれも、以前より一段、上に行った。
教官の視線が、変わる。
同級生の距離が、変わる。
「……おい、あれ見たか」
「一年で、あそこまで行くのかよ」
「王宮魔術師団、余裕だろ」
囁きは、もう隠されない。
――余裕。
確かに、そうだ。
今の俺なら、
戦闘魔術科を卒業する前に、
推薦状の話が来ても、おかしくない。
魔力制御も、殺傷調整も、
失敗しない。
感情を、完全に切り離せるから。
命を奪う想定でも、
守る想定でも、
判断に、迷いがない。
化け物じみている、と言われる理由も、
自分で理解している。
……全部、どうでもいい。
食堂に入ったのは、
単に、時間だったからだ。
腹が減ったとか、
誰かと話したいとか、
そんな理由じゃない。
トレイを取り、
列に並ぶ。
視線は、自然と前だけを見る。
――なのに。
「……」
気配で、わかった。
変成科。
その空気の中心にいる存在。
銀色の髪。
少し俯きがちな横顔。
セナ。
俺は、足を止めなかった。
立ち止まる理由は、ない。
でも、視線だけは、
勝手に、引き寄せられた。
――痩せた?
一瞬、そう思って、
すぐに打ち消す。
錯覚だ。
余計な感情だ。
セナは、誰かと話している。
隣には、茶色の髪。
……ああ。
まだ、そこにいるのか。
胸の奥で、
何かが、静かに軋んだ。
怒りでも、
嫉妬でもない。
もっと、冷たいもの。
「理解している」という感覚。
俺は、もう、近づかない。
近づけない。
近づいたら、
壊れるのは、相手じゃない。
俺だ。
だから、目を逸らす。
無表情のまま、
皿を受け取る。
席につく。
誰かが話しかけてきた気がするが、
内容は覚えていない。
食事を口に運びながら、
思考は、ずっと別の場所にある。
――優等生。
そう呼ばれるのは、
正しい。
従順で、
成績が良くて、
問題を起こさない。
感情を出さず、
命令を完璧に遂行する。
理想的だ。
でも。
食堂の端で、
セナが、ふと笑った。
ほんの一瞬。
誰かに向けた、柔らかい表情。
その瞬間だけ、
胸の奥が、きしんだ。
(……まだ、そんな顔するのか)
俺の知らない場所で。
俺の知らない理由で。
拳を、軽く握る。
――触れない。
そう、決めた。
触れたら、
取り戻したくなる。
取り戻したら、
また、壊す。
だから。
俺は、優等生でいる。
戦闘魔術科の、
誰にも手が届かない位置で。
感情を切り落としたまま。
セナだけを、
例外として、視界の端に残したまま。
それが、
今の俺にできる、
唯一の「選択」だった。




