秋季野外訓練のお知らせ
「久しぶりー!!」
教室の扉を開けた瞬間、弾けるような声が飛び交った。
机を叩く音。椅子を引く音。笑い声。
ああ、この感じだ。
野外訓練を越えて、夏季休暇を挟んで。
それぞれの時間を過ごして、また戻ってきた――そのはずだった。
「変成科、全員揃ったな!」
「焼けてない?」「それ言う!?」
ガヤガヤとした空気の中で、私は少し遅れて席に向かう。
「セナ!」
聞き慣れた声。
振り向くより先に、距離が詰まった。
「あいたかった!」
屈託のない笑顔。
まっすぐで、疑いのない声。
――レックだ。
「う、うん。久しぶり」
返事はした。
ちゃんと、笑ったつもりだった。
でも。
ほんの一瞬。
言葉と表情の間に、ズレが生まれたのを、私は見逃した。
(……あ)
レックの目が、わずかに揺れる。
以前なら、気づかれなかったはずの違和感。
でも今は、違う。
「……どうした?」
首を傾げる彼に、私は慌てて首を振る。
「なんでもないよ。ちょっと、夏休みボケ」
冗談めかして言えば、レックは「そっか」と笑った。
――でも。
その笑顔の奥に、ほんの小さな引っかかりが残った。
机に座る。
ノートを出す。
周囲はいつも通りなのに、私の中だけが、微妙に噛み合っていない。
シアンとファルケが少し離れた席で話している。
二人は、自然だ。変わらない距離感で、当たり前のように並んでいる。
(いいな……)
ふと、そんな感情が浮かんで、すぐに打ち消す。
――違う。
今は、比べるものじゃない。
教室の前方で、教官が手を叩いた。
「はいはい、注目ー!」
一瞬で静まる空気。
この切り替えの速さは、野外訓練を経た証拠だ。
「来週から、秋季野外訓練に入る」
ざわ、と小さなどよめき。
「期間は五日間。今回は――」
一拍置いて、教官が言う。
「上級生と合同だ」
「えっ」
「まじで?」
「合同!?」
教室が一気に騒がしくなる。
私は思わず、背筋を伸ばした。
(上級生……)
「加えて」
教官は淡々と続ける。
「今回は、魔物が生息する区域に入る」
空気が、変わった。
「安全第一、とは言わない」
「各自各々、生き残る準備をするように」
その言葉に、胸の奥がひくりと鳴る。
(……まただ)
あの感覚。
森。拠点。夜。罠。
生きるために、考えて、動いた日々。
レックが、横で小さく息を吸ったのが分かった。
「大丈夫だよ」
私が言うより先に、彼がそう言った。
「A班だろ。俺たち」
――ああ。
その言葉は、変わっていない。
でも。
(“俺たち”の意味が……)
少しだけ、違って聞こえた。
教官は満足そうに頷く。
「では、今日は概要説明だけだ」
「詳細は追って伝える。今は授業を始めるぞ」
黒板に文字が走る。
教室は、日常へと戻っていく。
私は、ノートを取りながら、ふと横を見る。
レックは、真剣な顔で前を向いている。
でも、さっきから何度か、こちらを確認するような視線が走っていた。
――気づいてる。
はっきりとは言葉にしない。
でも、何かが変わったことを。
(……ごめん)
心の中で、そう呟いた。
秋季野外訓練。
上級生。
魔物区域。
条件は揃っている。
この“違和感”を、
誤魔化したまま進めるほど、私たちは
もう――子どもじゃない。
静かに、でも確実に。
次の試練が、近づいていた。




