お菓子より甘い俺の幼馴染
八十年。
そう口にすると、途方もない数字に聞こえるけれど、
俺にとっては、呼吸みたいなものだ。
気づけば隣にいて、
いない時間の方が、思い出せない。
赤子の頃の、
ミルクの香り。
柔らかくて、温かくて、
守らなきゃいけない匂い。
それに混じる、セナ自身の香り。
今日のセナは、
それに加えて――
甘い。
夕食後の居間。
卓に広がるお菓子の匂いが、
空気に溶けて、ゆっくり沈んでいく。
セナは、楽しそうに口に運ぶ。
唇が、わずかに震える。
小さく開いて、
もぐもぐと動く。
……幸せそうだ。
その表情を見るたび、
胸の奥が、静かに満たされる。
「ほら」
何気ない顔で、
俺はお菓子を差し出す。
口元に近づける時、
わざと、指が触れるようにした。
ほんの一瞬。
計算するほどでもない、
でも、確信のある距離。
ぷに、と。
柔らかい感触。
思わず、喉の奥で息を飲む。
――甘美。
砂糖の甘さじゃない。
果実のそれとも違う。
長い時間を一緒に過ごして、
何度も守って、
何度も助けられてきた、その重なり。
セナの唇は、
そんな全部を含んでいる。
「……なに」
少し遅れて、
セナがこちらを見る。
俺は視線を逸らさない。
「いや」
低く、落ち着いた声。
「美味しそうだな、って思って」
冗談とも本気とも取れない言い方。
でも、セナは少しだけ頬を赤くして、
ぷいっと視線を外す。
それがまた、
たまらなく、をかしい。
八十年一緒にいても、
まだ、こうして心を揺らされる。
お菓子は甘い。
確かに、甘い。
でも。
それよりも――
目の前で、
もぐもぐと頬を動かして、
何も疑わずに笑う俺の幼馴染の方が、
ずっと、ずっと甘い。
この距離を、
手放す気はない。
手放す理由も、ない。
夜の灯りの下で、
俺は静かに、そう思っていた。




