真正面から
部屋の空気が、重い。
椅子に腰掛けたまま、私は一度、深く息を吸った。
胸の奥に溜まっていたものを、無理やり押し下げる。
「……じゃあ」
声が、思ったより落ち着いて出た。
「私に、隠し事は一切なしで話して」
顔を上げる。
目の前の幼馴染を、真正面から見る。
あの夜と、同じだ。
神殿で、
重い真実を聞かされた時と、同じ姿勢。
逃げ場を作らない。
ラウルは、すぐには答えなかった。
視線を落とし、指先をきつく握りしめる。
……迷ってる。
それでも。
「……代わりだった」
低い声が、部屋に落ちた。
「セナの代わりに、誰かを選んだ」
言葉が、ひとつずつ、切り出されていく。
「似てる声を探した」
「似た背格好を選んだ」
「名前を呼ばないで抱いた」
息が、止まりそうになる。
「好きじゃなかった」
「一度も、欲しいと思わなかった」
それでも。
「……触れた」
言い訳はしない。
正当化もしない。
「汚いことをした」
自分を断罪するような声。
「セナを傷つけるって、分かってた」
「それでも、目を向けさせたくて」
「俺を見ろって、思ってた」
言葉が、胸に突き刺さる。
「勝ったと思った」
「置いていけたと思った」
唇を噛みしめる音。
「でも、何も残らなかった」
顔を上げる。
その目は、
私が知っているラウルの目じゃなかった。
疲れていて、
空っぽで、
どこにも寄りかかれていない目。
「……最低だって、分かってる」
一息。
「将来は考えてない」
「結婚する気もない」
「責任を取る資格もない」
はっきり、言い切った。
「だから、終わらせた」
静寂。
私は、何も言えなかった。
言葉を選ぶ余裕もなかった。
しばらくして、
ようやく、息を吐く。
「……そっか」
それだけ。
胸の奥が、じくじくと痛む。
でも、不思議と、涙は出なかった。
もう一度、深呼吸する。
「……レックのこともあるしね」
ぽつりと、現実を口にする。
「今は……考えたくない」
視線を逸らす。
「距離が欲しい」
それは、拒絶じゃない。
でも、受け入れでもない。
立ち上がって、ドアまで歩く。
取っ手に手をかけて、振り返る。
「今日は、ここまで」
ドアを開けて、
静かに、示す。
――外。
「おやすみ。ラウル」
それだけ言って、目を合わせない。
扉が閉まる。
残ったのは、
息が詰まるほどの静けさと、
もう元には戻れない、という実感だけだった。




