名を呼ばれない朝
学園・夏季休暇直前/リーネ視点
朝の光は、残酷だ。
夜の間に誤魔化されていた違和感を、
全部、白日の下に引きずり出す。
目を覚ました時、
隣のベッドは、もう冷えていた。
シャワーの音。
水音だけが、淡々と響いている。
(……早いな)
そう思った瞬間、
胸の奥に、ちいさな棘が刺さった。
いつもは、違った。
目が合えば、
何も言わなくても、腕を引き寄せられた。
今日は、ない。
支度を終えた彼が戻ってくる。
濡れた髪。
視線は合うのに、焦点が合っていない。
「おはよう」
そう言ったのは、私。
「……ああ」
返事は、それだけ。
名前が、ない。
呼ばれない。
昨日も。
一昨日も。
思い返せば、
いつからか、ずっと。
胸が、すっと冷えていく。
「ねえ」
声をかけると、
一瞬だけ、彼の動きが止まった。
期待してしまった自分が、
馬鹿みたいだと思う。
振り向いた彼の目は、
私を見ているのに、私を見ていない。
その視線の先にいるのは、
――私じゃない。
「夏季休暇、どうするの?」
探るような言葉。
答えは、すぐに返ってきた。
「……用がある」
短くて、切るみたいな声。
その一言で、
全部、わかった。
私は、連れていかれない。
彼が“帰る場所”に、
私は、含まれていない。
喉が、ひりつく。
「……結婚の話とか」
口に出した瞬間、
彼の目が、はっきりと冷えた。
拒絶。
言葉にしなくても、
それだけで十分だった。
「そういうのは、考えてない」
きっぱりと。
迷いも、揺れもない。
胸の奥で、何かが崩れる音がした。
――ああ。
私は、
“選ばれた女”だと思っていただけ。
本当は、
“代わりに置かれていた”だけだった。
名前を呼ばれない理由が、
やっと、腑に落ちた。
朝の光は、容赦がない。
夜に信じたものを、
全部、壊していく。
それでも、私は笑った。
選ばれたと思っていた自分が、
滑稽で。
情けなくて。
でも。
この違和感だけは、
もう、無視できなかった。




