戻ってきた場所
静かだった。
扉が閉まって、灯りが落ちて。
隣で眠る気配だけが、呼吸の音になって残っている。
――戻ってきた。
ここに。
セナの部屋。
セナの匂い。
セナの体温。
当たり前みたいに、腕を回せば、そこにいる。
なのに。
胸の奥が、ひどく冷たい。
「……」
目を閉じても、眠れない。
意識が、勝手に過去へ引き戻される。
――やらかした。
はっきり、そう思った。
代わりなんて、いなかった。
最初から、わかっていたはずだ。
わかっていたのに。
選んだのは、自分だ。
セナじゃない誰かに触れて、
セナじゃない声を聞いて、
セナじゃない体温で、誤魔化した。
誤魔化せると思った。
自分が壊れかけていることを、
セナを失いかけている恐怖を、
全部、他人で塗りつぶせると――思ってしまった。
愚かだ。
汚れた、と思う。
清潔とか、そういう意味じゃない。
取り返しがつかない、という意味で。
初めては、
全部、セナに渡すつもりだった。
抱くのも。
触れるのも。
欲を知るのも。
全部。
それを、
自分の手で、壊した。
後悔が、遅れて、重く、のしかかる。
「……セナ」
小さく呼んだ名前は、
眠っている彼女には届かない。
腕の中の体は、変わらず温かい。
無防備で、信頼しきった重さ。
――ああ。
こんなふうに、
何も知らずに、隣で眠ってくれる人は、
世界に、ひとりしかいない。
なのに。
自分は、その人に
「一番最初」を渡せなかった。
自分で、自分を汚した。
それが、どうしようもなく、苦しい。
胸が、ぎゅっと縮む。
喉の奥が、詰まる。
泣く資格もない。
許される理由もない。
ただ、後悔だけが、残っている。
それでも。
腕を離すことは、できなかった。
離したら、
本当に、失ってしまう気がして。
だから、せめて。
起こさないように。
震えを殺して。
セナの背中に、額を押し当てる。
「……ごめん」
届かない謝罪。
眠る彼女は、何も答えない。
それが、
いちばん、痛かった。
――戻ってきた場所は、
確かに、ここだった。
でも。
自分だけが、
もう、元には戻れない。
その事実を、
ラウルは、静かに、噛み締めていた。




