戻ってきた抱き枕
明日からは、大切な赤子のために――
徹底的に、安心安全な部屋を作る。
そう決めて、シャワーを浴びて、寝支度をして。
久しぶりの我が家のベッドに、思いきり飛び込んだ。
ふかふか。
柔らかい。
知ってる匂い。
「……はぁ……」
力が抜けて、頬が自然に緩む。
やっぱり、ここは落ち着く。
――夢心地。
そのまま目を閉じかけた、その時。
コンコンコン。
……。
聞こえなかったふりをしたくて、動かない。
コンコンコンコンコンコン。
はぁ……。
「はーい、ちょっと待ってねー」
面倒くさそうに返事をして、体を起こす。
スリッパを引きずる音。
ドアの前に立って、鍵を回した。
カチャ。
「なに?」
廊下の灯りを背に、幼馴染が立っていた。
濡れた髪。
シャワーのあと。
視線は、少し下。
「……一緒に」
短い言葉。
それだけ。
胸の奥が、ちくりとする。
「彼女、連れてきたらよかったじゃん」
冗談みたいに言って、ドアを閉めようとした。
その瞬間――
ガッ。
視界の端に、動いた影。
足。
ドアと床の間に、無理やり差し込まれた足。
「……」
言葉が、出ない。
ゆっくりと視線を上げると、
そこにあったのは――
感情を落とした顔。
怒っているわけでもない。
責めているわけでもない。
ただ、拒絶されることだけを拒否する目。
「……行く場所、ない」
低い声。
抑えた音。
一瞬、胸が締めつけられる。
――ああ。
そうだった。
この家は、
この部屋は、
昔から。
「帰る場所」だった。
私は、ため息をひとつ吐いて、
ドアを押さえていた手を離した。
「……はぁ、入って」
それだけ言った。
足が引っ込む。
ドアが、静かに閉まる。
鍵は、かけない。
背後で、扉が完全に閉じた気配。
しばらく、何も言葉がない。
それから。
ベッドが、きしりと沈む。
いつもの位置。
当たり前みたいに、隣。
布団が、少し持ち上がって。
腕が、遠慮がちに伸びてくる。
触れない。
でも、離れない。
「……寝るだけ」
確認するような声。
私は、横になったまま、天井を見つめて答えた。
「……うん」
それだけ。
腕が、ゆっくり回ってくる。
抱き寄せるほど強くはない。
でも、確かに――そこにある。
体温。
呼吸。
知っている重さ。
戻ってきた、抱き枕。
胸の奥で、何かが静かに軋む。
目を閉じると、
昔と同じ位置に、
昔と同じ気配があった。
――なのに。
同じじゃないことだけが、
やけに、はっきりわかってしまって。
その夜、私は、なかなか眠れなかった。




