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不運死する幼馴染を救ったら懐かれた  作者: ChaCha


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帰る場所がないまま

荷造りは、もう終わっている。


必要なものは少ない。

魔術科の制服。訓練用の外套。

武器の手入れ道具。


それから――

畳んだままのシャツ。


セナのものだ。


洗ったせいで、香りはほとんど残っていない。

わかっている。

もう、意味なんてない。


それでも、入れた。


指先で布をなぞると、記憶だけが浮かぶ。

夜。

腕の中。

呼吸の重なり。


――もう、戻らない。


シャツを鞄の底に押し込む。

視界の端で、誰かが動いた。


「……ねえ」


女の声。


部屋の隅に、座っている。

この数日、勝手に居着いた存在。


「夏季休暇、どこ行くの?」


答えなかった。


興味がない。

問いかけ自体が、無意味だ。


「一緒に――」


途中で言葉が切れる。

視線を向ける前に、わかっていた。


セナじゃない。


だから、聞かない。


女が立ち上がる気配。

距離が詰まる。


触れようとした手を、無言で払い落とす。


「……冷たい」


冷たい?


何を今さら。


冷たいのは、最初からだ。

セナ以外には。


「帰る場所、ないんでしょ?」


女が、探るように言う。


一瞬、空気が止まった。


帰る場所。


その言葉が、胸の奥を掠める。


――ない。


実家は、もうない。

帰る人も、待つ人も。


だから、学園に残る。

それだけだ。


「静かにして」


低く言うと、女は黙った。


それ以上、何も言わない。

空気だけが、重くなる。


鞄を閉める。

金具の音が、やけに大きく響いた。


窓の外では、誰かが笑っている。

帰省の話。

旅行の予定。

恋人と過ごす夏。


全部、関係ない。


――セナがいない夏なんて。


考えるだけで、胃の奥が捻れる。


今日も、食堂で見た。

レックの隣。

当たり前の距離。


笑っていた。


あの顔。


胸の奥で、何かが、確実に折れた音がした。


「……」


女が、また何か言おうとする。


聞く前に、立ち上がった。


「もう帰れ」


「え……?」


振り返らない。


セナ以外は、どうでもいい。


扉が閉まる音。

残ったのは、静寂。


ベッドに腰を下ろし、顔を覆う。


指の隙間から、あのシャツが見えた。


香りはない。

温度もない。


それでも。


抱き寄せる。


胸に押し付けて、目を閉じる。


――セナ。


名前だけが、頭の中を満たす。


帰る場所がない夜。

夏季休暇前夜。


俺が欲しいのは、

帰省先でも、安らぎでもない。


ただ一つ。


あの腕の中。


それだけだった。


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