それぞれの帰路
明日から、夏季休暇。
その言葉だけが、廊下に浮いている気がした。
ざわつく学園。荷造りを終えた生徒たちの足取りは軽く、誰もが「帰る場所」を当たり前に思っている。
笑い声。
予定の話。
「実家に帰る」「旅行に行く」「恋人と過ごす」。
――全部、遠い。
変成科の訓練を終え、A班で並んで歩いているだけなのに、空気が少し違う。
いつもより、言葉が少ない。
シアンが先に口を開いた。
「私とファルケは、避暑地に行くんだ~。せっかくだし、思い切って!」
隣でファルケが静かに頷く。
相変わらず無駄のない反応で、それがまた自然だった。
「いいなー」
口に出した言葉は軽い。
でも、胸の奥は、少しだけ重たい。
レックがこちらを見る。
「俺たちは、どうする?」
問いかけは、優しい。
責める気配も、急かす感じもない。
――どうする、か。
一瞬、ラウルの顔が浮かんで、すぐに消えた。
あの夜。
あの声。
あの背中。
「……実家で、両親の手伝いがあるから」
セナはそう言った。
嘘だ。
忙しいわけじゃない。
ただ、今は――余裕がない。
レックは、少しだけ考えるような間を置いてから、明るく続けた。
「じゃあさ。セナの家に遊びに行ってもいい?」
一瞬、足が止まりそうになる。
「ご両親にも挨拶したいし。セナが過ごしてきた場所、知りたい」
まっすぐな言葉。
逃げ場を塞ぐ意図はないのに、胸に来る。
「……うち、普通だよ?」
「知ってる。だからいい」
笑うレックの顔は、いつも通りで。
変成科村で、隣に立っていた時と何も変わらない。
――変わったのは、私の方だ。
「……考えとく」
それが精一杯だった。
シアンが空気を察したのか、少しだけ声を弾ませる。
「まあまあ! 夏休みは長いし! 決めるのはゆっくりでいいよ!」
助け舟。
ありがたい。
寮が近づく。
夕方の風が、少しだけ涼しい。
ふと、無意識に視線が彷徨う。
――いつもなら、ここに。
週末になると、寮の前で待っていた幼馴染の姿が、ない。
当たり前のはずなのに。
それが、やけに胸に引っかかる。
「セナ?」
レックの声で、はっとする。
「ごめん。ぼーっとしてた」
「疲れてる?」
「……うん、ちょっと」
嘘じゃない。
でも、理由は言えない。
寮の前で、A班と別れる。
手を振り合って、それぞれの帰路へ。
部屋に戻る途中、セナは思った。
夏季休暇。
帰る場所は、ある。
それなのに。
――なんで、こんなに落ち着かないんだろう。
胸の奥に、名前のつかない違和感を抱えたまま、
セナは寮の扉を開けた。




