勝ったと思った夜
わざとだ。
セナが通る道を、
俺が知らないはずがない。
変成科が食堂を出る時間。
人の流れ。
足音が反響する位置。
全部、頭に入っている。
だから、そこに立った。
逃げ場のない場所。
視線が交わる距離。
隣の女が、俺の腕に縋る。
甘えた声で、名前を呼ぶ。
……違う。
セナは、そんな声を出さない。
それでも、女を引き寄せた。
力は入れない。
優しくもしない。
ただ、そこに置く。
触れているのに、
何も感じない。
女の体温は、
景色と同じだ。
――来た。
空気が、わずかに歪む。
足音が止まる。
視線が、刺さる。
……見てる。
胸の奥が、反射的に熱を持つ。
ほら。
見ろ。
俺を。
女の肩に手を回す。
顔を近づける。
見えるように。
はっきりと。
その瞬間、
頭の奥で、勝手に期待してしまった。
――息を詰めるか。
――目を逸らすか。
――泣くか。
どれでもいい。
何か、反応を見せろ。
……なのに。
何も、来ない。
女の唇が触れても、
指が絡んでも、
満たされない。
むしろ、冷える。
セナの気配が完全に遠ざかった瞬間、
身体の芯が、すとんと落ちた。
……ああ。
俺は、
女を使って、
セナを動かしたかっただけだ。
女の声が耳元で弾む。
聞こえない。
興味もない。
視線を外す。
夜を見る。
腕の中の重さが、邪魔だ。
――違う。
これじゃない。
勝った、と思ったのに。
置いていった、つもりなのに。
残ったのは、
期待を裏切られた感覚だけだった。
女を離す。
理由は言わない。
女が戸惑う顔をしても、
何も感じない。
最初から、
代わりになるわけがない。
セナしか、
愛せない。
それを、
今さら確認しただけだ。
なのに。
どうして、
あいつは振り返らなかった。
どうして、
俺を見なかった。
その答えが出ないまま、
夜だけが進んでいく。
勝ったと思った夜は、
驚くほど空っぽで。
優越感は、
最初から存在しなかった。
あるのは、
満たされない衝動と、
セナの反応を期待してしまった自分への嫌悪だけだ。
……俺は、
まだ、諦めていない。
それだけが、
はっきりしていた。




