私から離れた幼馴染
あれ?
そう思ったのは、たぶん三回目の週末だった。
いつもなら、寮の前に立っている影がない。
外套を羽織って、少し所在なさげに立っているはずの人が。
(……寝坊した?)
そう思って、少しだけ待った。
でも、来ない。
次の週も、その次も。
――来なくなった。
不思議だな、と思っただけで、深くは考えなかった。
私は私で、A班の日常に戻っていたし、レックとの時間も増えていたから。
変成科は今日も地味だ。
でも、その地味さが心地いい。
昼休み、いつものように食堂へ向かうと、少しざわついた空気があった。
「ねえ、聞いた?」
「戦闘魔術科の一年、もう首位決まったらしいよ」
へえ、と流し聞きしながら、トレイを取る。
「独走だって」
「名前、ラウル・アインハルト」
――え?
手が止まった。
「……私の幼馴染じゃん!」
思わず声が出てしまって、A班の視線が集まる。
「えっ!?」
「セナの幼馴染!?」
「そんなすごい人だったの?」
わーっと驚かれて、私は逆に戸惑った。
「え、いや……初耳なんだけど……」
本人から、何も聞いてない。
本当に?
戦闘魔術科一位?
独走首位?
そんな話、今まで一度も――。
ざわ、と空気が揺れた。
食堂の入口。
そこから、戦闘魔術科の生徒たちが入ってくる。
空気が、明らかに変わった。
女子たちの視線が集まる。
ひそひそと声が弾む。
その中心にいたのは――
淡い金髪。
澄んだ翠の瞳。
背が高く、引き締まった体躯。
……知ってる顔。
(……ラウル)
でも、知ってるはずなのに。
知らない。
雰囲気が、違った。
ただ立っているだけなのに、近寄りがたい。
感情を削ぎ落としたみたいな、静かな圧。
私の知らない幼馴染が、そこにいた。
「……ほんとだ、すごいね」
隣で、レックがそう言った。
私の皿にある香草焼きの肉を、慣れた手つきで切り分けながら。
「セナの幼馴染、めちゃくちゃ強かったんだ」
「……初めて知った」
本当に、初めてだった。
レックがフォークを差し出す。
「ほら、口開けて。あーん」
「……ん」
もぐもぐ。
美味しい。
ちゃんと、美味しい。
でも、視線はどうしても、あちらに引っ張られる。
ラウルの周りには、自然と距離ができていた。
近づきたい女子たちの声が、断片的に聞こえる。
「かっこいい……」
「近寄りがたいよね」
「でも、話してみたい……」
胸の奥が、ちくり、とした。
(……人気者になっちゃった)
ラウルは、私の嫁なのに。
そんな考えが浮かんで、自分で驚く。
(あれ?)
変だな。
誇らしい、はずなのに。
嬉しい、はずなのに。
どうして、こんなに落ち着かないんだろう。
ラウルは、ラウルで頑張ってたんだ。
私が知らないところで。
それだけの話なのに。
視線を戻すと、レックが私を見て、少し首を傾げた。
「どうした? ぼーっとして」
「……ううん、なんでもない」
そう答えながら、もう一度、無意識に入口を見る。
そこにはもう、ラウルはいなかった。
――離れていったのは、
どっちだったんだろう。
わからないまま、
私は、食事を続けた。
胸の奥に残った、小さな違和感に、
まだ、名前をつけられないまま。




