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不運死する幼馴染を救ったら懐かれた  作者: ChaCha


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奪われた瞬間

見た。


――それだけで、十分だった。


寮の前。

夕暮れが完全に夜へ沈みきる、その直前。

石畳に落ちる影が、長く伸びて、絡み合う。


帰ってきた。

セナが。


俺の――

俺の夫が。


胸が、少しだけ軽くなった。

やっと戻った。

やっと、触れられる距離だ。


……そう思った、その瞬間。


隣にいた。


また、あの男。


変成科の。

茶色の髪。

焦げ茶の目。

やたら近い距離を、当然みたいに取るやつ。


――なんで、まだ隣にいる?


別れたはずだろ。

今日は終わりだろ。


そう思った次の瞬間。


その男が、セナの方を向いた。


近い。

近すぎる。


手を伸ばす。

迷いがない。


そして――


口付けた。


頬に。


軽く。

挨拶みたいに。

でも、確かに。


……あ?


音が消えた。


風の音も。

誰かの足音も。

遠くの話し声も。


全部、消えた。


見えているのは、

セナの横顔と、

その頬に触れた、あの男の唇だけ。


「明日、二人だけのデート楽しみにしてる」


そう言った。


……二人?


二人って、誰と誰だ?


男は笑って、手を振って、去っていく。

まるで、当然の権利みたいに。


セナは――

顔を両手で押さえていた。


頬が赤い。


……赤い?


何で?


何で、赤くなる?


理解が、追いつかない。


俺は、そこに立っていた。

動けない。


体が、石になったみたいに。


(……待て)


違う。

何かが、違う。


セナは、俺のだ。


俺の夫だ。

俺が嫁だ。


――そうだろ?


幼い頃から。

ずっと。

何十年も。


一緒に寝て。

一緒に息をして。

俺の腕の中でしか、眠れなかったはずだ。


俺がいない夜は、眠れなかったはずだ。


……なのに。


あの男は、何だ。


“彼氏”?


頭の中で、その単語が浮かんだ瞬間。


――ぐしゃ。


何かが、潰れた。


彼氏?

は?


じゃあ、俺は何だ。


嫁だろ。

俺は、嫁だろ。


夫が恋人を作ったら、

嫁は、どうなる?


……捨てられる?


胸の奥が、ひっくり返る。


呼吸が、乱れる。

浅く。

速く。


セナが、こちらを向いた。


目が合う。


「……ラウル?」


名前を呼ばれた。


それだけで、少しだけ、正気が戻る。


――戻る、はずだった。


でも。


セナの頬には、まだ、あの男の痕跡が残っている。


触れられた場所。

奪われた場所。


俺の場所。


視界が、赤く染まった。


(……奪われた)


理解した。


理解してしまった。


これは、勘違いじゃない。

事故でもない。


奪われた。


俺の夫は、

俺以外の男に、触れられた。


許されない。

ありえない。


世界が、間違っている。


俺の方が、正しい。


だって――

俺の方が、先だ。


ずっと前から。

何十年も前から。


「……ラウル?」


セナが、心配そうに近づく。


――来るな。


でも、来い。


相反する衝動が、同時に暴れる。


手が、震える。

指先が、熱い。


「……寒い?」


セナが言う。


違う。


寒いんじゃない。


壊れたんだ。


俺の中の、何かが。


セナを、見た。


この人を、失う?


そんな未来、ありえない。


選択肢に、ない。


だったら――


答えは、一つしかない。


取り戻す。


どんな形でも。

どんな手段でも。


セナが、俺のものだと、

世界に、分からせる。


ゆっくりと、手を差し出した。


セナは、迷いなく、その手を取る。


……ほら。


やっぱり。


まだ、俺のだ。


指を絡めた瞬間、

胸の奥で、黒い何かが、静かに笑った。


――大丈夫。


まだ、間に合う。


奪われたなら、

奪い返すだけだ。


俺は、嫁だ。


嫁は、

夫を、手放さない。


たとえ、

壊してでも。



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