第74話 夜刀①
小石川植物園へと向かう車の背後で、爆音が轟いた。
少し遅れて吹き荒れる衝撃波が、車体を大きく揺さぶる。
「あいつら、無事だろうな……」
氷室から漏れた心配そうな呟きに、嵯峨野が淡々と返す。
「信じるしかないですね。出雲崎がいても負けるようなら、どうしようもない」
「おい……」
「あいつらのことを気にしてる余裕なんて無いはずですよ。植物園には恐らく——」
「夜刀がいるか」
「ええ、そして恐らく絶夢も」
「てか、なんで奴らいきなり仕掛けてきたんだ?」
「もう準備は整ったということでしょう」
「新世界の繭、か」
◆◆◆
蝉の声が響く中、木漏れ日が揺れる小道を抜けると、緑に包まれた薄暗い静寂が広がる小石川植物園。
夏の陽は葉を透かして煌めいているが、肌に纏わりつくのは湿気ではなく、異質な気配。
「あとちょっとじゃない?」
「そうだね。今、こっちに向かってきてる奴ら……全員分のエネルギーを注げば——」
計算でもするように視線を空に向けると、夜刀は言いかけてふと止まる。
「……いや、まだ足りないな」
「あら、残念」
「絶夢、ちょっと協力してくれないか?」
「協力? もちろんいいけど、何すればいいの?」
「なに、簡単さ」
夜刀はふっと笑みを浮かべ、空を指して呟く。
「光圧刃陣」
その言葉が空間を震わせたのと同時に、頭上に広がる空気が収束し始めた。
空に浮かぶ無数の光点が一気に伸び、細く、鋭い光の刃へと変貌する。
「え?」
絶夢が眉を寄せる暇もなく、光が降った。
ビシュッ!!
最初の一本が、絶夢の右脇腹をかすめる。肉が焼ける匂いと共に、蒸気が上がった。
「ちょっ——なに、これ……ッ!」
二本目、三本目。足元、背後、頭上から交差して降り注ぐレーザー。
絶夢はようやく自分が狙われていると気づく。
「ふざけてんの……夜刀!!」
走ろうとした足に、光条が突き刺さる。
ジュッという音とともに、膝下が抉り取られた。
悲鳴すら出ない。
代わりに、顔が歪む。
「どういう、つもり……!」
なおも空間に充満する光。
絶夢の視界は、四方八方から走る細線に埋め尽くされる。回避の余地など、ない。
「やめ——」
その言葉の途中で、横腹を真正面から貫かれる。
服が燃え、肉が焼き裂かれ、絶夢の身体が半回転して倒れ込んだ。
地面に手をつこうとした指先も、レーザーに触れた瞬間に蒸発する。
「や……と……」
必死に立ち上がろうとするが、背中に三条の光が走り、肺まで焼かれた。
呼吸ができない。声も出ない。
視界の端で、夜刀がじっとこちらを見下ろしていた。
表情は——笑っていた。
「……っ、く……っ、そ、が……」
最後の抵抗の声も、喉を貫いた光条に遮られた。
絶夢の身体が完全に崩れると同時に、光の嵐が止む。
その場に残されたのは、禍々しい黒いエネルギーの残滓。
それは人の形を保つことなく宙に漂い、闇の球体へと吸い込まれていく。
そして球体は、飲み込んだ分だけ、その闇を一段と深めた。
夜刀は一拍置いて、低く呟いた。
「うん、これで足りるな」
◆◆◆
植物園に到着すると、車から異能師たちが次々に降り立つ。
二名の極級異能師——嵯峨野、護国。
第二制圧部隊隊長の氷室と、第一制圧部隊副隊長の玉前。
そして、この期に及んでも尚、やる気の無さそうな宵宮。
五人は互いに短く視線を交わし、無言のまま歩を進める。
警戒を緩める者は一人もいない。
八雲から聞いた、その場所へと——静かに、確実に向かっていった。
「基本的に俺が相手するんで、みんなはサポートに徹して下さい」
先頭に立つ嵯峨野が、振り返ることなく言い放つ。
「あ? 前にやりあった時、何も出来なかったんだろ?」
氷室が訝しげに問いかけた。
「ええ。でも、あの時から——あいつを倒すためだけに、俺は修行してきたんで」
嵯峨野の声には迷いがなかった。
「……分かった。だが、世界の存亡がかかってる。俺らも容赦なく手は出すからな」
「了解です」
普段は飄々としているその背に、重い覚悟と静かな闘志が滲んでいた。
そして木々を抜け、闇の気配を辿るように進んだ先——
ぬるりと空気が変わり、視界の奥にそれは立っていた。
夜刀。
笑みを浮かべる銀髪と緑の瞳。
「やあ、待っていたよ」
まるで警戒する様子もなく、気安く声を掛けてくる。
「見てくれ、もうあとちょっとだ」
そう言って振り返った先には、闇の球体。
今にも弾けそうなほどのエネルギーが、蠢くように満ちていた。
「さあ、始めよう」
その一言と同時に、空気が裂けるような圧が周囲に広がった。
「雷撃制御」
嵯峨野の背後で、ぼそりと呟かれたその一言。
直後、空気がバチッと裂ける音を立て、周囲に高圧の電流が走る。
空が鳴るでもなく、純粋な雷光が夜刀の頭上めがけて落ちてきた。
眩い閃光とともに、落雷が夜刀の頭上に直撃した。
地面が爆ぜ、土と煙が激しく吹き上がる。
その衝撃で周囲の木々が揺れ、幹の表面が焦げ付く。
「おい、宵宮!」
嵯峨野が慌てて振り返る。
その視線の先、片手を上げたままの宵宮が気だるげに答えた。
「いや、油断してたんで。先手必勝かなって思いまして」
その後方、煙の中から姿を現した夜刀は、服一つ焦がすことなく立っていた。
髪も乱れず、肌も傷一つない。雷撃を浴びたはずの男は、余裕の笑みを浮かべていた。
「無駄だよ」




