表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
最終章 終焉の灯火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/74

第73話 凶星②

 凶星の足音が、一歩ごとに低く周囲を震わせる。

 その巨体はまるで災厄の塊。

 肩から背へと走る裂け目からは、赤黒い熾火が音もなく噴き出していた。


 熱ではない。

 存在そのものが周囲を侵すような、重圧に近い質量を感じさせる。


磁界制圧マグドミナンス


 最初に動いたのは、諏訪隊長だった。

 周囲に転がるビルの鉄骨、歪んだガードレール、破砕された街灯――金属の残骸が軋みながら空中に浮かぶ。

 それらが意図的に配置されるように動き、凶星の正面に半球状の防壁が組まれていく。

 その動きはなめらかで迷いがない。

 今にも振るわれるであろう一撃を、正面から受ける準備だった。


 凶星が拳を引く。

 その動作一つで、空気が濁る。

 皮膚の裂け目から炎が噴き上がり、地面の砂利がふわりと浮いた。


 振り抜かれた拳が、音速にも近い圧で空間を叩く。


轟滅拳デモリッション・フィスト


 大気が裂ける轟音とともに、空間全体が殴り飛ばされたような衝撃波が広がる。

 それはただの風ではない。

 熱と圧力、そして破壊の意志が混ざった質量を持つ打撃だった。


 直後、諏訪隊長が展開した防壁に、風圧が叩きつけられる。

 数トンにおよぶ金属骨材が音を立ててひしゃげ、圧力を受け流すように角度を変えた。

 すべてを正面で受け止めず、斜めに、螺旋状に、風を逸らすよう設計された即席の盾。


「ハッハー! やるじゃねぇか!!」


 凶星の嬉しそうな声が響く。


 その隙をついて、斑鳩姉妹の妹——芙蓉ちゃんが地面に滑り込む。


腐食促進ディケイ!!」


 凶星の踏み出す方向の位置に手を置き、触れた瞬間、路面のコンクリートが黒く染まりはじめる。

 数秒後には小さな亀裂が広がり、地面の一角が脆く崩れ落ちる。

 凶星の踏み込みがわずかに遅れる。


 え? 凄い……。

 まだ入学して数ヶ月なのに、こんなに能力を使いこなせるの!?


 だが、それだけでは無かった。


摩擦制御フリクションコントロール!!」


 さすが双子といった感じの絶妙なコンビネーション。

 菖蒲ちゃんも凶星の足元――腐食で崩れた路面のすぐ先、そのわずかな残された地帯に能力を流す。

 地面の摩擦が一気に増し、滑らかだった舗装が粘土のように足を取る。

 足を出す先の摩擦を操作することで、凶星の次の一歩を鈍らせる。


「チィッ! 鬱陶しいな、おい!」


 凶星の身体が微かに傾き、一瞬、動きを詰まらせる。


 しかし、それでも止まらない。

 強引に地を砕きながら一歩を踏み出し、次の拳を振りかぶる。


轟滅拳デモリッション・フィスト!!」


 一乗谷先輩は一歩も引かずに踏みとどまる。

 直前、諏訪隊長が周囲の破損した外壁や金属片を操作し、即席の遮蔽物を前方に展開していた。

 そのバリケードが風圧を受け止め、衝撃の直撃をわずかにそらす。

 一乗谷先輩は轟滅拳の余波を真正面から受け止め、歯を食いしばって吹き飛ばされかけた身体を立て直す。

 受け止めた衝撃は、内側に吸収され、蓄積されていくのだろう。


 凶星が、再び拳を振る。


 諏訪隊長が金属片を引き寄せ、別角度から盾を組み替える。

 摩擦制御が地面に干渉し、凶星の次の踏み出しを鈍らせる。

 腐食促進が傾いた構造物の支点を崩し、動線そのものをねじ曲げる。


 動きを止めるには至らない。

 だが、凶星の攻撃は確実に乱されていた。


 ──凄い。


 即席とは思えない連携だった。

 僕の能力は、使えば周囲を巻き込む。

 それだけに、まだ発動のタイミングを見極めるしかない。

 じっと、その時が来るのを待つ。


「……まずいわね」


 隣で、諏訪隊長が小さく呟いた。

 呼吸がわずかに乱れているのがわかる。


「え……?」

「攻撃を受け流すだけで精一杯。あいつにダメージを通せていないのよ。……それに、私ももう、そう何度も能力を使えない」


 よく見ると、諏訪隊長の顔色がわずかに青白い。

 あれだけの能力を短時間で何度も行使すれば、負荷がかかるのは当然だった。


「もう一発行くぜ!!」


 凶星が肩を引き、大きく拳を振りかぶる。

 また来る――さっきと同じ、いや、それ以上の一撃だ。


轟滅拳デモリッション・フィスト!!」


 空気が一気に重くなる。

 目の前の景色がぐにゃりと歪んだように見えた。


「しまっ――」


 諏訪隊長が声を上げて手を伸ばそうとする。


 が、間に合わない——!


 あの即席の盾を展開する時間はもうない!!


 拳が振り下ろされる。

 全身が強張る。

 ゆっくりとスローモーションのように。

 こんなにあっさり終わってしまうのかと、思ったそのとき――


 視界の端で、さっと人影が走り出た。


結合改変ヴォンド・オールタレイション


 何事か呟いて、その手が、地面の瓦礫に触れる。

 転がっていた鉄骨、割れた標識、折れた街路灯。

 あらゆるガラクタが、まるで吸い寄せられるように集まり、その前に集結していく。

 そして、くっついて、まとまって、変な形になって……あっという間に巨大な壁のようなものができ上がった。


 何がどうなったのか、僕にはよく分からなかった。

 でも、その何かが凶星の一撃を真正面から受け止めたのは確かだった。


 風圧が襲いかかる。

 耳がキーンと鳴り、砂埃が容赦なく顔を叩く。

 鉄の塊がきしむ音がして、僕は思わず目を閉じた。


 しばらくして、粉塵がゆっくりと落ち着きはじめる。

 その中に、ひとつの人影が立っていた。

 肩で荒く息をしながらも、こちらを振り返らず、ただ凶星の方を見据えている。


 ……助かった?


 そう思った矢先、視界の端に違和感があった。

 壁の端が、妙に丸くて、やけにゴツゴツしている。


「おい、俺の体……なんか固くねぇか!?」


 壁の真正面に立っていた一乗谷先輩が、腕を振りながら叫んでいる。

 その体が、どう見てもコンクリートか何かの塊に変わっていた。


「ハハッ。あんたにはお似合いでしょ、その姿」


 振り返ったその顔に、僕の目が釘付けになる。


 ――糸月先輩だった。


「お前は……!」


 凶星の目がわずかに見開かれる。


「生きてやがったか」

「あいにく、まだやりたいこととかあるんでね」


 糸月先輩は肩をすくめながら、軽く笑って返す。


「今度は逃がさねぇぞ」


 凶星の声が、地を這うように響く。

 その肌を覆う火傷痕の裂け目から、熾火がふつふつと燃え始める。

 音もなく、だが確実に。

 熱と殺意が、じわじわと空気に染み出していく。


「――!! おい、御影、今すぐあたしらを上空に飛ばせ!!」


 突然の、しかし切羽詰まった糸月先輩の声が響く。

 その瞬間、久遠寺さんは即座に能力を発動する。


重力制御グラヴィティ・ウェル


 ふわり、と足元の感覚が消えた。

 凶星を除くその場の全員が空中に持ち上げられ、まるで風船のように地面から引き離されていく。

 重力が反転したかのような浮遊感。地上が一気に遠ざかる。


 それと同時に——


劫火殲滅インフェルノ


 凶星の全身が、裂けた火傷痕の隙間から火柱を噴き上げる。


 赤ではない。

 黄でも、橙でもない。

 眩いほど白く、そして中心は黒すぎるほど黒い炎が、地面を中心に一気に広がった。


 一瞬で地表が焼けた。

 建物の骨組みが融け落ち、アスファルトが波打つ。

 その火が触れたものは、形を保ったまま、静かに、確実に、黒い灰へと変わっていく。


 目に映る範囲すべてが灼熱に包まれ、景色そのものが塗り替えられる。

 凶星の全身から放たれる業火が、世界を飲み込んでいく。


 浮かび上がった僕たちの足元で、かつて地面だったものが次々と崩れ落ちていく。

 焼け焦げた熱風が上昇気流となり、空中にいる僕たちの頬をなぶった。


「あぶねぇ……マジで死ぬとこだったぜ」


 糸月先輩が額の汗を乱暴に拭い、ほっと息をつく。


「お、おい、糸月! お前、一体今までどこに――」


 一乗谷先輩が声を荒げかけるが、糸月先輩は軽く手を上げ、それを遮った。


「ああ、細かい話はあとにして。今はあいつをぶっ殺さねぇと」


 下では、凶星がまだ燃え残る地表にゆっくりと立ち尽くしている。

 全身から立ち上る熾火は衰える気配を見せない。


「し、しかしどうする?」


 一乗谷先輩が顔をしかめながら問うと、糸月先輩はニヤリと笑って見せた。


「あんた、もう大分、衝撃は溜まってんだろ?」

「ん? ああ、そうだな。多分、限界超えてる気がする。鉄みたいな体になってるからよく分からんが」

「じゃ、それで一発ぶちのめして――」


 そう言って、今度は僕をまっすぐに見る。


「で、出雲崎。お前の燃やす力は、あいつより強いよな?」

「え? いや、それは……どうなんですかね?」


 目を逸らしかけたその瞬間、糸月先輩の視線が鋭く突き刺さる。

 逃げ場はなかった。


「強いよな?」

「――はい」



 一乗谷先輩が、空中から凶星に向かって声を張り上げる。


「おい、凶星!! お前、自分の拳の衝撃を返してくれと言ってたな!! 今から返してやるから逃げんじゃねぇぞ!!」


 その言葉に、凶星は唇を吊り上げ、顔いっぱいに笑みを広げる。


「ガハハハ!! 当たり前だ!! とっとと来い!!」


 その声が届いた瞬間、一乗谷先輩が低く呟く。


満力解放パワー・リリース


 久遠寺さんの重力制御から外れ、重力に引きずり込まれるように真っ逆さまに落ちていく。

 ただの落下ではない。

 全身に蓄えた衝撃を拳に込め、流星のように一直線に。


 焼け焦げた地表が迫る。

 辺りには、熱で歪んだ鉄骨や半壊した構造材が散乱し、ところどころに火の粉が燻っていた。

 灰と鉄、焦土の断片が、かろうじて街の形を留めている。


 そして――


 一乗谷先輩の拳が、凶星の胸元に炸裂した。


 音が消えたような静寂ののち、地面が爆ぜた。

 鉄骨が跳ね上がり、破片が飛び散る。

 凶星の巨体が真下にめり込み、周囲の地表が放射状に陥没する。

 焼けた鉄と土が混ざった破片が大きく宙を舞い、まるで爆心地のような光景が広がった。


 巨大なクレーターが新たに穿たれていた。

 その中心に、崩れかけた姿で膝をつく凶星。

 全身からは、湯気のように白い蒸気が立ちのぼっている。

 その巨体から、ついに力が抜け始めているのが分かった。


重力制御グラヴィティ・ウェル


 久遠寺さんの静かな声とともに、空気の流れが切り替わる。

 一乗谷先輩の身体がふわりと浮かび、ゆっくりと上空へ引き戻されていく。

 その代わりに、僕の体が滑るように降下を始めた。


 焼け焦げた熱気が肌を刺し、鉄の匂いが喉に張りつく。

 下には、変形した構造材や砕けた鉄骨。爆心地の名残がまだあちこちで燻っていた。


核熱爆散スーパーノヴァ


 呟いた瞬間、右手を地面に押し当てる。

 触れた鉄骨が一瞬で赤熱化し、表面が光を帯びて脈動を始めた。

 まるで鼓動のように、エネルギーが内部に溜まり、物質そのものが変質していく。


 複数の破片に次々と触れる。

 それぞれが同時に発光し、空中に浮かび始めた。

 暴走ではない。きちんと制御している。

 まるで星を集めるように、膨大な核が僕の背後に並ぶ。


 視界が揺れる。空気が震える。

 爆発の気配に、凶星が顔を上げた。


「……テメェ、何を――」


 言葉の途中。

 僕は左手を握りしめた。


 一斉に、光が弾ける。


 巨大な閃光とともに、爆裂が連鎖する。

 空気が焼け、音が追いつかないほどの速度で衝撃が拡散する。

 熱と閃光が入り混じり、地面そのものが裂けるような咆哮が響き渡った。


 爆心地の中心で、凶星の体が巻き込まれる。

 あらゆる方向からの爆発が彼を包囲し、逃げ場はどこにもない。

 巨体が灼熱に晒され、内部から崩れていく。


「グアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!!!!」


 断末魔。

 絶叫が、爆風の中で押しつぶされる。


 最後に、眩い光の柱が空に突き抜けた。

 それが消えたとき――焼け焦げた地面の中心に、凶星の姿はもうなかった。


 残ったのは、黒く焼け焦げた輪郭だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ