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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
最終章 終焉の灯火

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第66話 凶人亜種

 都内近郊。


 かつて製薬会社が運営していた研究施設に、二カ月前、再び電気が灯った。

 長らく閉鎖されていた建物は、外観こそ老朽化の気配を見せていたが、内部は驚くほど整っていた。

 照明が落ちる気配のない廊下。

 無菌処理が維持された実験区画。

 通電が再開されたモニタールームには、再起動直後の端末が無数に並んでいる。

 再稼働の準備は、絶夢に精神を掌握された関係者たちによって着々と進められていた。


 5階建ての研究棟。

 本来であれば、数百人の技術者や職員が稼働していても不思議ではない規模だ。

 だが今、その広い施設で動いている研究者は、夜刀の管理下にあるわずか数人にすぎない。

 誰も私語を交わさず、まるで感情を捨てた機械のように、作業を繰り返している。

 粟国の残したデータ――凶と人との融合を実現させるための手順と記録を元に。


「粟国には、人としての良心のようなものが残っていたんだろうな」


 夜刀がひとり、誰ともなく呟く。

 強化ガラスの向こう、処理室の床には何十人もの人間が横たわっていた。

 呼吸はあるようだが、意識の気配はない。


「もっと大胆に行けば良かったのに。人間とは完全に異なるものへ変質させることに対して、本能的な罪悪感でもあったのか。私には理解できないが」


 凶の残滓から精製された試薬は、すでに量産体制に入っていた。

 液状のそれは、光にかざすと不規則に脈動し、瓶の内側を打ちつける。

 わずか数滴で人体組織に異常な増幅反応を起こし、肉体を内部から強化していく。

 かつて粟国は、この試薬を潜在異能者に限定して投与していた。

 異能の発現を促し、出力を高めることにのみ注力していたのだ。

 だが夜刀にとって、異能の有無は取るに足らない問題だった。


「異能があろうがなかろうが、そのままでは辿り着けない大きなエネルギーが目覚める」


 ベッドに寝かされた人々が一人ずつ運ばれてくる。

 研究員たちは、手際よく、そして機械のように処置を施していく。

 室温は低く保たれ、白色照明がすべての動作を淡々と照らしていた。


 試薬を投与された者たちは、ほぼ例外なく一時的に心肺機能を停止させる。

 凶の残滓を高濃度で含んだその薬剤は、体内に入った瞬間に全身へと拡散し、神経系を過負荷に追い込む。

 極端な生理的ショック――それは、肉体が別のものへと書き換えられる直前の反応でもあった。


 だが、誰もその反応に動揺を見せることはない。

 研究員たちは何も語らず、黙々と次の対象へと手を伸ばす。


 処置を終えた者たちは、しばらくして再び目を開ける。

 だがそこに、人間としての意識はもはや残っていない。

 筋肉は動き、脳波は活動している。

 けれど、思考も、感情も、言葉さえも――すべてが静かに消え失せていた。


 今日もまた、トラックが次々と施設に乗り入れ、無言のまま人間たちを運び込んでくる。

 処置を終えた者たちは、冷凍されたマグロのように無造作に積み込まれ、再びどこかへと運び出されていく。


 この国がその事実に気づくのは、まだ少し先の話だ。


 ◆◆◆


『続いてのニュースです。先日より都内各地で目撃されている、従来の凶とは明らかに異なる異形の群れが、現在も街を次々に蹂躙しています。その外見は凶よりも人間に近く、一見して判別が難しいケースも報告されています。しかしながら、凶を上回る残虐性と高い殺傷能力を持ち、すでに多くの死傷者が出ております。この新たな存在について、政府および国家安全維持局は正体の特定と発生経路の解明に向けた調査を進めており、詳しい情報が入り次第、速やかに発表するとしています。また、目撃した際には絶対に近づかず、直ちにその場から退避するよう、強く警告しています。』


 凶の大量襲来がようやく収束の兆しを見せ始めた頃、僕たちは新たな問題に直面していた。

 かつて粟国さんが生み出した凶人――その亜種と思われる存在が、凶を上回る頻度で現れるようになったのだ。


 一部には異能を行使する個体も報告されているが、大半は、ただ肉体の力だけで暴れ回っている。

 それでも、常人とはかけ離れた怪力と耐久性を備えており、制圧には訓練された異能師をもってしても手を焼くことがある。

 実際、応戦にあたった彼らが骨折や打撲で戦線を離れる例も増えており、重傷者が出た現場も一つや二つではない。

 その抑えきれない破壊衝動――それは、以前僕が対峙したあの凶人の二人と、まったく同じ性質のものだと、本能が告げていた。


 当然、維持局や委託異能師の戦力だけでは手が回らず、僕たち高専の学生までもが実戦投入される。

 特級以上に限定されることはなく、上級である祇園君たちも当たり前のように現場に駆り出されている。


 最初こそ「なんでワシが……」と、いつもの調子でぼやいていたが、最近では任務で稼いだプール金の残高を事務員さんに確認するたび、嬉しそうにしている。


 当初、この亜種の出現には、国家戦略研究所の関与が疑われていた。

 粟国さんの過去の研究成果との類似点が多すぎたからだ。


 しかし政府は、研究所の再稼働や実験活動への関与を公式に否定している。

 研究所自体も未だ閉鎖状態にあり、職員の出入りも確認されていないという。


 ――けれど、誰かがあの研究を引き継いでいる。

 何かが今も動いている。

 それだけは、確かだった。


 僕たちは今日も、討伐に出る。

 異形を倒すたびに、一つの脅威は消えていく。

 けれど、それと引き換えに、何かが確実にこの街に積もっていくのを感じていた。


 凶の大量討伐の後、空を濁らせていたものと同じ、あの灰色が。

 建物の輪郭も、遠くの景色も、薄く灰の膜がかかったようにぼやけて見える。


 風が吹いても、その濁りは払われず、地表の上に留まり続ける。

 陽が昇っても、影の輪郭は濃くならず、どこか曖昧なままだ。

 この街そのものが、ゆっくりと、目に見える形で灰色に染まっていく。


 そして、少しずつ灰から黒へと、その色を深めていくようだった。

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